空中の杜

旧名「空気を読まない中杜カズサ」。

なぜ視聴者参加番組は減ったのか。

このようなニュースがありました。

「住宅都市整理公団」別棟:ドボク・サミット / もう素人はテレビ出演をありがたがらない

そこのブクマコメントで「素人参加型の番組が減少したように、テレビの制作側にプロではない人を統制して面白い番組を作る能力がなくなってきているように思う。そう思うとウルトラクイズとかは奇跡的だったよなあ。」と言うことを書いたのですが、いろいろなことを考えつつも100文字で書ききれなかったので、その周辺について思ったことを今日は書いてみたいと思います。

最近、テレビにおいて視聴者参加番組というものがかなり減ってきました。それは何故か。まあ芸能事務所との兼ね合いとか手間とか、いろいろなことが考えられるでしょう。しかし私は上に書いたように、「テレビの制作側にプロではない人を統制して面白い番組を作る能力がなくなってきている」と思います。

プロ、すなわちお笑い芸人や芸能人などテレビ慣れしている人ならば、その場ではどう反応すればある程度面白くなるかいいか、お約束的なものを知っていると思います。そして、その通りに動くでしょう。すなわち「台本通り(直接台本に書かれていなくても)」というものでしょう。しかし、それはほとんどの場合は予想されたお笑いであり、やがて視聴者にも察しが付くようになり、飽きられてゆきます。これに関しては芸能人を責められません。というのはそういうこと顧客、すなわちテレビ局などに期待されて答えるのがプロであるから、それから外れるわけにはいかないのです(下手すれば呼ばれなくなる)。ある意味、そんなの関係ねえとかラララライみたいな定番ネタではなく、別のお笑いを提供したいのに、そちらのほうを(やがて飽きられるとわかっていても)やらされるという、同情すべき面もあるでしょう(まあ、すでに台本通りにしか動けない人もいるかもしれませんが)。

しかしながら、素人(ここでいう素人は、テレビ番組的な意味合いで、本当に何も知らない人という意味にあらず)を使う場合、そのお約束は組み込まれていません。せいぜい、前もって「こうしてください」と方向性を言われる程度でしょう。逆に細かく指示をしても、その通り動けるとは思いません。素人なのですから。しかし、それ故に制作側も想定していなかった120%、200%のおもしろさが出ることがあります。それは素人たちだけでそうなるのではなく、もちろんテレビがそうなるようにうまく誘導している面があると思います。それの最たるものが、かつての名クイズ番組『アメリカ横断ウルトラクイズ』だったと思います。アレを見ていたのは子どものころでしたが、今思うとあの番組における参加者を始め、福留氏や制作会社*1の番組作りは想定の遙か上を行くものだったと思います。ある意味奇跡的でもありました。ほかにもあの時代には『風雲!たけし城』とか面白い視聴者参加番組が数々ありましたね。

余談でまた『伊集院光の深夜の馬鹿力』の話になってしまいますが、昔、「芸能人選手権シリーズ」という、とある芸能人を名乗るリスナーの代表が二人電話で登場し、クイズを滅茶苦茶に面白く答えて、より本物と認定された方が勝ち(当然正解ではなく、面白い方が勝ち)というコーナーがありました。これはどの回(とはいっても、ドラえもん、ピカチュウまでほはや芸能人ではなくなってますが)もとてつもなく大爆笑できる、かなり面白いコーナーだったのですが、ある意味奇跡的だったと思います。というのも、これと似たコーナーは『伊集院光のOh!デカナイト』時代にあったのですが、ここでやって、リスナーの回答があまり面白くなく、外したことも何回かあったのですね(だから当初伊集院氏は渋っていたのかも)。しかしふたを開けてみるとほぼ外れなしで、予想も出来ないおもしろ回答ばかり。昔と何が違ったのかわかりませんが、これも100%以上にも以下にもなるという例かもしれません。


しかし、現在ウルトラクイズと同じものを作っても、昔と同じおもしろさが出せるか、というと甚だ疑問です。

J-CASTニュース : バラエティが腐らせたテレビ スポンサーはそっぽを向く

ここで書かれているように、人気が低下するとスポンサーが入らない、そうすれば費用が削られる、その結果、制作費(主に下請けにかかるもの)が減らされるという、負のスパイラルに陥っていると考えます。となると、人を育てる人材的余裕もないわけで、昔から築きあげてきたノウハウがどんどん失われていると思います。それは書類とかマニュアルにないような、現場の職人のセンスともいうべきもの。そのひとつが、「素人を使った面白い番組作りの方法」だったのではないでしょうか。人に金をかけなくなれば、有能な人材は抜けてゆくのは当然だと思います。そして、現場は金の面、人の面両方から疲弊してしまったのではないでしょうか。

あとは最初のリンク先で言われているように、もう視聴者は昔ほどテレビをありがたがらないのでしょうね。逆にネットでは善意で出演したら本来の趣旨とは違う、悪意的に報道された例がいくつも聞かれますし(「初音ミク」事件など)、嫌悪する人もいるでしょう。故に、ウルトラクイズやたけし城と似たような参加番組をやっても人が集まらないかもしれません(同名ならばネームバリューで集まると思いますが)。問題は、それを制作側がわかっていないのか、わかっていてもどうしようもないのであえて無視しているのか、ですが。
そういえば、デジタル放送で、こちらからも投票などで参加できるインタラクティブ性を売りにされることがありますが、その魅力は現在の視聴者にとって本当にあるのでしょうか。インターネットで1クリックの投票も面倒になるように、よほど興味があることではないと、その作業は手間でしかないのですから。


娯楽に「絶対」なんてものはありません。昭和で隆盛を誇った雑誌の数々は廃刊となり*2、CDも携帯配信に移る過程で、売れない人が確実に出てきました。ジャンプはかつては700万部に迫る勢いがあったのに、今では半分程度です。テレビだけは、そしてネット(このブログ)だけは未来永劫衰退があり得ない、なんてことは言えるでしょうか?

*1:たしかテレビマンユニオン

*2:「右手にジャーナル、左手にパンチ」の2誌はすでに両方とも休刊になり、『GORO』も休刊