世間一般では藤子・F・不二雄先生の影響が大きくて、藤子不二雄A先生に比べて持ち上げられているような印象があります。それは超巨大ヒット作『ドラえもん』や、すでにF先生が個人だということ、それに何よりA先生が「手塚先生と藤本君(F先生)は天才」とよく発言していることからでしょう。
しかし言うまでもなく、A先生も数多くの名作を残しています。有名どころでは『怪物くん』『忍者ハットリくん』『まんが道』、それに『笑ウせぇるすまん』などですが、F先生がSF(すこし・ふしぎ)の短編集を多く発表したように、A先生も短編の発表が数多くあります。代表的なものは、後に『笑ウせぇるすまん』の元となった『黒イせぇるすまん』、F先生の短編同様小池さんが出てくる『ひっとらぁ伯父サン』等。あと伊集院光のラジオを聞いている人は、よくトークで出てくる「人間が北京ダックにされてしまう話」を覚えているでしょうが、それの名前は『北京ダック式』です(正確にはダックも漢字)。
さて、それらの多くは『藤子不二雄Aブラックユーモア短篇集』に収録されています。(現行の単行本未収録作品も多い)
さて、この前『最近、藤子・F・不二雄の『定年退食』がますますシャレにならなくなってきているという話』において、F先生の書いた『定年退食』が現代においてシャレにならなくなってきたというのを書きましたが。
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同じように、このA先生のブラックユーモア短編にも現代においてシャレにならない、いや、それ以上になってしまったものもあります。ちょっとそれをご紹介。
内気な色事師(文庫本1巻収録)
会社員、丹野は電車の中で「運命の人」と感じる女性を見つけます。そして彼女のことを知りたいという気持ちがエスカレートして尾行、調査、声を聞きたくて悪戯電話(本人は悪戯と思っていないでしょうが)。しかし、ふと電話したときの反応が、恋人に対するときのようなもの。それで「他に男誰かがいる」と思い尾行したところ、着いたのは連れ込み旅館(昔のラブホテル。時代を感じます)。絶望する丹野はその後……という話。
「ストーカー」という言葉が日本になかった時代のストーカーですね。現実がホラーに追いついてしまった、いや、事件を見るに追い越してしまった感じです(実際の事件を例示すると、マジで引くので省略)。
なにもしない課(文庫本3巻収録)
バリバリの営業マン、天野は失敗の責任を押しつけられて「調査課」に飛ばされる。しかしそこは、麻雀をしたりスクラップブックを作ったりと、誰もが仕事をしていない。その異様な状況に焦りを覚える天野……しかしこれ、現在見るとかなり良心的なようにも思えます。外出は禁じられているものの、麻雀をしても本を読んでも小説を書いてもよく、給料が出るのですから。
たしかに当時は終身雇用であり、仕事をするのが美徳とされ、会社を辞めることもリストラも難しい社会だったのでこういう窓際社員をさらに発展させたような状況に恐怖感があったでしょうが、現在は自主退社させるためにこういう手段を本当にやってきましたからね。現実がホラーを超えてしまったということのほうが、恐ろしいです。
明日は日曜日そしてまた明後日も……(文庫本3巻収録)
過保護に育てられた坊一郎は、出社初日にも鞄に大福を入れてもらったり、奢るように1万円を手渡されたりする。しかし初日、緊張のあまり会社前でうろついていると、守衛に声をかけられて思わず逃げ、気づいたら11時。そのまま怒られることを恐れて会社に戻れず、かといって親の期待があるので家にも戻れず、弁当を公園のベンチで食い帰宅。そして家に戻っても異常に喜ばれてそのことを言えずに、次の日も出社できず、家は出るけど弁当を電車内で食う日々。
しかしそれが発覚し、医者に連れて行くと「社会とか組織に対する協調性同化性が失われている」「しばらくは家でブラブラささせておくこと」と診断されます。そして、両親がすっかり定年間際であろう老人になった時も、坊一郎は……「明日も日曜日、そしてまた明後日も……明明後日も…… そしてまた次の日も次の日も次の日も次の日も」
はい、引きこもり問題です。AAにもなるほどインパクトがあります。つか、これを教科書に載せれば、ニート対策として千の言葉よりも効果があるような気がします。というのは、これ、単純な引きこもり、ニート問題だけではなく、過保護の弊害や周囲の期待でのストレス(失敗を許容されないような無言の圧力も?)があると思います。あと、医者も今だったらこんな対策は出さないような。
これらを見ると、それを35年以上前に描いた先生のすごさも驚きますが、現実のほうがホラーマンガよりも怖いという、ある意味真のホラーマンガを提供されてしまった気分にもなります。
うう……なんかすごくダークな気分で終わりそうなので、ちょっとオチを。以下は『明日は日曜日そしてまた明後日も……』の最終ページの一コマです。
これの左下の新聞に注目。
おお、なんとこんなところに『朝目新聞』さんがっ!!