空中の杜

旧名「空気を読まない中杜カズサ」。

涙の強盗、萌えの強盗

『良いマンガ』の条件とはどういうものでしょうか。

そんなもの、人によって違うため、定義はできません。一人々々の価値観にゆだねるしかないと思います。しかし、そのひとつとして私の価値観の中では「2度目が読みたくなる」というものがあります。一度楽しむとその作品の新鮮さが失われるのは、何もマンガに限ったことではありません。映画から小説まで、すべてのものは1回目の新鮮さはなくなるでしょう。しかし、それでも2回、3回と読みたくなる、見たくなる作品というのは多数存在します。客観的な基準でそれが良いマンガかどうかはわかりません。しかし、私の場合は好きなマンガにそういったものが多いです。実際、スペースを圧迫してきても本棚に長い間残してあるのは、2度目が読みたいマンガですね。

ただ、1回しか読まないマンガのすべてがつまらないというわけでもないのです。思い返してみると、「ああ、あれつまらなくなかったよなあ」と思う作品も多数あります*1。ただ、それをもう一度見返す気にはならないのですね。気分的には「つまらないから見たくない」ではなく「あ〜、まあもう一度読むのはいいや」という感じでしょうか。 

どういう作品がそれか、ということを考えてゆくと、あるひとつの傾向に思い当たりました。しかしこれは後述として、いきなり話を少しずらします。

伊集院光のラジオを聞いているを「涙の強盗」という言葉がたまに出てきます(初出はみうらじゅんらしい)。これは、よくあまり気が進まない、感動的が売りの映画(テレビ局主催のものが多い)を見に行った時に出てきて、「泣いた。泣ける。けど、心には何も残らない」という感想を持ったときに使われます。
人間、死ぬシーンや別れのシーンなど、な多くの人が反射的に涙を流してしまうシーンというのはありますよね。ただ、そういった作品の中には「泣けるけどそれだけ」であって、下手をするとストーリーさえ覚えてもいないと。そういった作品のことを「涙の強盗」と言っています。

「泣ける作品=感動的な作品」と思う人は多く、そしてそういった作品を良作とする人も多いでしょう。その価値観を否定するつもりはありません。しかし私も伊集院光と同じくそうは思いません。泣けるというのと感動ということは別だと思っています。ですので、泣いても駄作はあるし、逆に泣けなくても心に残り続ける感動的な作品もあります。

さて、具体的にどんな作品がそうなのか、というと、これがなかなか出てこないのですよね。そこまで印象が薄いのです。最近なら『恋空』とかが思い浮かびますが*2、それ以前はどんな映画がそれに該当したのさえ忘れています。


さて、ここでいきなりマンガの件に話を戻します。この「涙の強盗」、映画だけではなく、マンガにもあるような気がします。いや、マンガだけではなく、小説にもゲームにも、作品全体に。そしてそれは「涙」だけではありません。「恋愛の強盗」「萌えの強盗」なんていうものもあるのではないかと思うのです。つまり、わかりやすいシーンを使うことにより、感情を湧き起こさせるという傾向。

では、それらの強盗と本物の良作の違いは何か、となると、これが最初に挙げた「もう一度見たくなるか」だと思うのです。例えば多くのマンガでは主人公とヒロインの恋愛が扱われていて、それに興味を惹かれることもありますが、1回読めばお腹いっぱいなものと、もう一度読んでみたいものがあります(後者は例えば犬上すくね作品。前者は昔マガジンでやってた某伊豆なんたらとか)。そして、萌えを扱った作品にも、つまらなくはないけど1回読めばお腹いっぱいな作品もあれば、いつまでも読み続けたい作品もあります。思うに、こういったパーツというのは、瞬発力はあって売りにはなるけど、その分消化も早いと思うのですよね。

ただ、残念ながらそういった作品が多いように感じます。でもこれ、作家の事情というより、会社的な事情の方が強いと思います。会社(出版社、映画配給会社)的には、作品の内容より売れることが重要でしょう。それは編集者なり映画会社の人には立派な作品を送り出したいという志があったとしても、会社という組織としては売れることが義務づけられています。それ故に、まず扱いやすいパーツを前面に押し出して、わかりやすいように売ることが大切なのですよね。それこそ前述の「おもしろい」なんてものは、人により価値基準が異なる上、説明が非常に難しいものですから。ですので実際、作り手はそういうふうなものを全面に押し出して作品を作れと言われることは多々あります。まあ本当にすごい人なら、それを持ち合わせて且つ心に残る名作を作るのでしょうが*3、全員が全員そういうわけにもいかないのが悲しいところで。たしかに「泣ける」作品や「萌える」作品は読みたいです。ただし、それを絶対的な価値観としてしまうことは、非常に危険ではないでしょうか。*4

それならば、どういう作品が良い作品なのか、それは結局、おもしろい、おもしろくないは、最初に書いたように、パーツの善し悪しではなくて、個人の価値観で、全体を判断して結論を出すしかないのでしょうね。
私の本棚に残っているマンガの数々、それらは自分の価値観ではおもしろいと思い、そしてまた読みたくなると思うので置いてあります。このブログの左下には「個人的殿堂」というマンガがありますが、これはこれからも、何回も読み続けるのでしょうね。ここに入るような泣けるマンガ、萌えるマンガにも出会えればいいなと思います。

*1:当然つまらなかったから1回でお腹いっぱいな作品も多数ありますけど、というかそっちのほうが多い

*2:余談・最初『恋風』(アフタヌーンのマンガだよなそっちは)と書いてました。名前もう忘れかけてるし。

*3:例えば「ネギま!」は、萌えばかりが押し出されているようにも見えますが、きちんとストーリーや世界観が整っていて、話をおもしろくするための工夫があちらこちらに見られます。私はそういった面であの作品はすごいと思います。

*4:その意味で正直、娯楽業界のとある分野に対して少し不安を抱いています