ネットによってライターの定義は変わった気がする

さて、この前の『下請けに負担をかける構造がマンガ界やゲーム界にも波及していると思う話』が、話題が旬だったのもあってあちこちで紹介していただきました。

雷句誠が小学館を提訴まとめ

そして、こちらでも紹介していただいたのですが、そこで引用先のブログの紹介にあったのがこれ。

中杜カズサ(ライター)
06月08日22:30  下請けに負担をかける構造がマンガ界やゲーム界にも波及していると思う話 産業構造について。

これを見て、なんというが違和感というか気恥ずかしさが。というのは私、たしかに「ライター」ではありますが、ここで「漫画家」とかと一緒に並べられていいものかと。というのは私、まずは「中杜カズサ」としてはもともとWeb用のハンドルネームだし、ライターとしての仕事はほとんどしていないのですよね。まあ、「コードフリークAR」さんでゲームミュージック系のお仕事をさせていただいているので、ゲームミュージックライター、拡大解釈してゲームライターならば名乗ってもまあOKかなあという気はしますけど(まあそれでも本間先生ばりに「おこがましいとは思うわんかね」と言われればそれまでですが)。ましてや、漫画系の仕事は別名義でも一切なく、今回のもただのブログ書きとしての文章なので、ここで肩書きで書かれていいものかと。なんというか、二宮清純がいきなり政治評論をしているような感じ。まあ、自意識過剰と言われればそれまでですが。

しかし、よく考えてみると現代におけるライターの定義って何だろ? と思うようになりました。というのは、近年では、ライターの定義というものがかなり曖昧になってきている気がするのですね。

昔はこういったものの定義は簡単でした。それは「商業媒体で(その制作物が)使われる」という定義があったのですから。その媒体とはすなわち雑誌や本、それに広義では必ずしも文字ベースにならなくてもテレビやラジオでもライターは存在しますね(こっちは放送作家といったほうがピンとくるかな。あとクイズライターなんて人もいますね)。そして、昔はそれしか多くの人に自分の書いたものを発信する方法はありませんでした。まあ、名乗ることは誰にでも出来たでしょうが、そういう人はライターを名乗って「自称」と言われないようにするためには、ある程度その規模が大きくならないといけなかったのではないかと思うのですね。

ただ、ここ数年でその状況、そして意識が大きく変わってきたような気がするのです。それはやはり、ネットという存在のため。

今更ここで書くまでもなく、ネット(その一つとしてのブログ)では誰もがほぼ自由に文章を書き、全世界に向けて発信できます。それこそ製品紹介から今回のような事件におけるすべてにおいて。さて、ここでは前世紀のように、媒体が限られていません。つまり、「文章を書いてそれを発信する」という行為を、ほぼすべての人が出来るわけですね(まあその文章の出来は千差万別でしょうが)。となると、既存の媒体を介さなくても「ネット」というものがある以上、ライターとしての定義が成り立つと。

しかしここでブログ書きの人をライターとイコールに出来る人は少ないでしょう。何故なら多くのブロガーには「収入」がないから。実際、ライターを名乗る人はそれによる対価としての収入がありますよね。しかしながら、現在は依頼を受けた文章がネットでのみ発信される場合も多々あります(IT Mediaとかもきっとそうでしょうね)。さらにブログで書き、広告収入やアフィリエイトなどで収入を得ている人もいるでしょう。そういう人はネットという媒体を使うことで、自分で執筆と出版を同時に行っているという感じでしょうか。極論、製品紹介サイトを経営しており、そこによるアフィリエイト収入がある人も、その説明文を書くに当たっては、ライターとしての仕事をしていると言えます。とはいえ、ほとんどの人はそれだけで生活できない人がほとんどじゃないか、と言われると思いますが、ライターと名乗っているけどそれは本職ではなく、ライターの収入だけならごくわずか、メインの仕事で生活しているという人もわりといます(副業ライターってやつですね)。

となると、もうライターという言葉には、昔あったような雑誌とか各種媒体での文章を書く職業の人、という意味が薄れて、英語の意味通り、「ものを書く人」すべてをライターと言ってしまっていいような気がしてきます(ただし、「職業:ライター」と名乗る場合は、「職業」の定義からわずかでも収入が必要でしょうが)。

そうであるなら最初のような場所で「ライター」と書かれていてもいいのかな? もっとも、媒体という強力な説得力がない以上、それの違和感がないか判断するのは各人の受け取り方次第かなと。

今後、ネットの発展によってはライターだけではなく漫画家や小説家など、クリエイター系の職業の多くが似たような状況になる可能性もあるのではないでしょうか。それこそ最初の雷句先生の件に戻り、これから既存の出版業界で、ネットなどを含めた個人による表現媒体の導入や、契約形態の再編が起こるようなら、漫画家の定義が今のようにいずれかの雑誌で描いていたり、単行本を出したといった、出版以外のものが多く含まれるようになってくるかもしれません。

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