最近創刊されたジャンプスクエアには色々なマンガが載っておりますが、その中でもひときわ目立つものがあります。それは藤子不二雄A先生の『PARマンの情熱的な日々』。わりと普通のエッセイ漫画なのですが、絵柄がそのままA先生のものなので、今の線が細い漫画の中にあると違和感がけっこうあります。まるでそのページだけビックコミックになったように。でも、漫画界の大御所という点を差し引いても、その軽快な感じが面白いのでついつい読んでしまうのですよね。ホームランバッターではないけど、安定してヒットを打つ選手みたいな感じで。個人的には、現在のジャンプスクエアでベスト5に入る作品だと思っています(もちろん、私が藤子先生のマンガで育った世代というのもありますけど)。
さて、何気なく載っているこの漫画ですが、この雑誌、和月伸宏先生とかそれなりのベテランもいますが、それでもA先生だけずば抜けて経歴が上なのですよね。絵柄もだいぶ違うので、前述のように違和感を覚える人もいるでしょう。しかし、これはかなりかっこいいことだと思います。
近年、少年誌の漫画家は比較的新人が描いて、ややベテランになるとヤング誌やビックコミックなど大人向けの雑誌に活躍の場を移行するというパターンが数多くあります。村上もとか先生、池上遼一先生など列挙すれば限りがありません。私の生まれる前、昭和40年代から活躍した大御所ともなればなおさらです。そして、対象年齢がそれくらいの人であるビックコミック系ではそれらの先生の作品を数多く見ることが出来ます。
そういった場所では、その先生の作品と育った人が主な読者ですから、ファンも多く、また安心して読めることでしょう。同時に、それまでの経歴から大御所と認めてくれます。逆にそれが普通だと思います。
しかし、今回A先生はカテゴリ的には少年誌である(前身が月刊少年ジャンプですから)、ジャンプスクエアで書いています。少年誌の読者は、主に若年層であることから、どんなにその人に経歴があっても、(多少のアドバンテージはあるでしょうが)過去の作品から贔屓目に見てくれる読者は少数でしょう。故に、大御所にとってはある意味絵が昔の分だけ不利と思われます。それなのに、他にも名前だけで載せてもらえる雑誌は数多くあるのに、少年誌であえて描いているという藤子不二雄A先生はすごいと思うわけです。
しかしこれはA先生ばかりではなく、手塚治虫先生や、藤子・F・不二雄先生も亡くなるまで少年誌(どちらかというと、児童雑誌や学年誌が多かったかも)でよく描いていました。石ノ森章太郎先生や、赤塚不二夫先生もかなり後期まで講談社系児童雑誌で描いてましたね。その志を受け継いでいるのかもしれません。*1
どこかで誰かが言っていましたが、「映画監督は、作ったのが1作でも映画監督と名乗れる。だけど漫画家は描くのを止めたらそれで終わり」だそうです。もしかしたら、漫画家の先生方は、それを認識して大御所になってもマンガを描き続けているのかもしれません*2
今まで、どうもマンガ雑誌によってマンガ内容だけではなく、漫画家の棲み分けが出来たところに、新人から大御所まで参入しているという『ジャンプスクエア』。これからどうなるのかわかりませんが、こういった試みが成功すると、また新しいマンガ雑誌の形態が発展するのかもしれません。
◆追記
トキワ荘メンバー以外で、わりとチャレンジャーだと思った人は、永井豪先生がいますね(エロから少年誌までよく見る)。あと、10年くらい前に少年マガジンでちばてつや先生が描いていた『少年よ、ラケットを抱け』にも違和感と同時にかっこよさを感じました。あと、竹本泉先生が『まんがタイムきららキャラット』等で、多くは同人出身の新人の中で載っていたり。でも竹本先生の漫画って、どの雑誌でもなじむのですよね。さすがはあの絵柄で少女ホラー誌に長年掲載されていただけある。