ヒロインが男性キャラと結ばれること、祝福します? それとも怒ります?

癒し系マンガと呼ばれ、アニメも好評だった『ARIA』の最終刊が先月発売され、完結しました。

ARIA(12) (BLADE COMICS)

ARIA(12) (BLADE COMICS)

しかしその完結前、ちょっとだけネット上で騒ぎになったことがあります。

【ARIA】アリシア結婚、灯里ヤンデレ、キモオタ発狂\(^o^)/オワタ

簡単に説明すると、この最終回の前、アリシアさんが何の前触れ(伏線)もなく結婚&引退という展開になります。それに衝撃を受けて上のスレのような反応でした。

さて、似たようなことは私の記憶に残っている限り、何度かあったような気がします。少し列挙してみましょう。

★『宇宙のステルヴィア』光太事件
アニメ『宇宙のステルヴィア』において、ヒロイン(主人公)のしーぽんこと片瀬志麻が12話『こくはく』において、それまでいい雰囲気だった男性キャラ、音山光太とキスシーンがあって恋人になるシーンです(まあここからこの先、いろいろな事件が出てくるわけですが)。ネット上でそれについて「光太殺す」という反応まで見られることに。

美少女戦士セーラームーン 浦和良問題
これはネットがなかった時代ですが、アニメ雑誌とかでよく言われていたもの。
当時、一番人気だったセーラーマーキュリーこと水野亜美がアニメオリジナルの男性キャラ、浦和良と仲良くなるという話がありました。これで激論が起こったような記憶があります。


さて、上の騒ぎ、『ARIA』の件はそれまで全く伏線もなかったので(ちなみに結婚相手は最終回まで一切登場せず)、「あれ?」と思う気持ちは正直わかります。でも、それを差し引いたら、キャラとキャラが結ばれるイベントって、個人的には別に怒りは全くないのですよね。むしろ、恋愛イベントが見られる分、いい感じでもあります。さて、こんな自分の感想と、ネット上でよく見られるような怒り、何故ここまで異なってしまうのか。これ、結ばれたキャラクターをどう見ているか、という点において感想が異なってくるように思えます。

絶対的主観位置、すなわちギャルゲーをプレイするような感覚でいれば、たしかにヒロインの一人がほかのキャラと仲良くなると、「寝取られ」みたいに思えることもあるのではないでしょうか。それ故の怒りかなとも思えます。しかし私の場合、そういったシーンがほほえましく思えるのは、それを客観的、つまり完全に別次元のものとして見ているからかもしれません。いや、でも客観的というのも正しくないかもしれません。作品によってはその結ばれる主人公と読み手が同一化しているということもありえますから。この場合、読み手はどのキャラクターにでも感情移入することによって同一化出来るわけですよね。言ってみれば相対的主観とでも言うのかな。
つまりは、こういうふうに人によってその作品を見る立ち位置が違うからこうなるのかと。もしかしたら、ゲームで自分の名前をつけてプレイする人と、設定にあるデフォの名前派の人とでも若干その作品の見方が違うのかもしれませんね(私はRPGでもルゲーでもほとんど後者です)。
ちなみにこれは個人の見方の違いなのであって、別にどちらが悪いというのではないと思います。

しかし、その絶対的主観位置においてキャラを見ている人でも、多少大げさに言っているだけで、別に本当はそんなに怒ってはいない感じ。言ってみれば、怒るのを楽しんで、そのコミュニティ盛り上げるために怒っているふりをしているというところ。ネットで『紅茶吹いた』と書いてあるところで、全員が全員モニターを水浸しにしているわけではないでしょうし。

こう考えると、まあ作品の方向性(展開)に対して違和感を持つ人はいるかもしれませんが、本気で怒っている人というのはそんなにいないのでは、と思います。それこそ制作元に電波な手紙を送りつけるような人はごくごく一部ではないかと。


私は前記の通り、別にキャラとキャラが結ばれるのは、それがちゃんとしたものであればむしろ歓迎します。ただ、いきなりというのは「え? ちょっとまておい」と思う気持ちはやはりあるので、伏線はきっちり張ってほしいところではありますけどね。