私がBGMつきのニュース番組を信用しない理由

私のニュースの仕入れ先は基本インターネットなのですが、新聞にも目を通しますし、テレビ、ラジオのニュースも聴きます。ただし、テレビの場合は基本NHKのニュースにしています(あと経済ニュースはWBS。これは他で触れないニュースを流すので)。これは別にNHKが好きだから、というのではありません。家で高い受信料払っているのだから、元を取るつもり、というのでもありません(いや、ちょっとはあるかな)。その理由は、「BGMがほとんど使われていないから」。

NHKのニュースは、殆どの場合オープニングとエンディング、もしくは切り替わりの時にちょっと音楽が使われるくらいで、基本的には効果音を切り替えの時の短い音楽を除けば無音の状態で、アナウンサーがニュース原稿を述べる感じです。それとは逆に、民放の場合、ニュースの多くでBGM多く使われています。多くのものではニュース後のビデオ再生シーンなどでBGMが流されますが、時にはアナウンサーがニュースを読み上げているところを映しているシーンからBGMが流れることがあります。そういったニュースは私は好まないのですが、それは何も静音が好きだから、というのではありません。それはBGMが流れることで、その報道の印象が大きく変わってしまう可能性があるから。


BGMは視聴者の印象を変えうる

最近、ネットではマスメディアから流れるニュースに対して、「偏向報道」として、とある事象に対してそのマスメディアにとって都合のいい立場から伝えることに対する反発が語られることがよくあります。それの手法としてはコメンテーターの意見もありますが、アナウンサーが読みあげるニュースの本文の内容や、それと同時に映される映像でもそういった印象操作と思わしきものがなされることがある、とされます。しかし、それらは流されても基本「偏っている」というのがわかりやすい面があります。故に「偏向報道」と発覚して反発が起きるのでしょう。しかし、非常にわかりにくいところで、視聴者の印象を変えてしまうという方法があります。それがBGMの使用。

私は、ゲームミュージックなブログなんてものをやっていたり、ゲーム音楽のライターをしてたりします。さらに昔はゲームに対してどこのシーンにどの音楽をあてはめたらいいのか、ということもやったことがあります。故にBGMに関しては、少なくとも普通の人よりは知識があるかなと思います(たぶんね)。そんな私は、BGMの効果というのはそのシーンにおける添え物ではなく、場合によっては印象をまるで変えてしまう程強いということを感じるのです。

例えば、とあるシーンにおいて話の筋からするとかなり悲しいところなのに、そこでお笑い系のBGMを流すと完全にお笑いのように見えてしまいます。また、なんでもないシーンでも、葬送行進曲のようなものを流すと一気に暗くなります。つまり、そのシーンは場合によっては物語の進行を吹き飛ばすくらい、BGMが印象を変えてしまうことがあるのですよね。もっとも内容とBGMが明確に違う場合は多くの人は違和感を覚えますが。ちなみにその違和感は「崩し」として笑いになることも多いですね。以下の放送事故とか。

そういえば『深夜の馬鹿力』で「巨匠・伊集院監督のテンション高めで良い曲ぶつけりゃハイOK!!」ってコーナーがありますが、あれはそれのバランスを崩すことによる笑いを誘うコーナーなのかと。

報道番組にBGMが使われる危険性

さて、報道でもこのようなBGMが使われることがありますが、これが問題なのです。というのは、とあるニュースを流しているときに、そのニュースに対する印象をBGMが調整してしまうことがあるから。そしてそれはことによると、視聴者の印象を発信者の意図で調整してしまう可能性もあるので。

例えば、文字ベースで読んだだけでは*1そこまで重大ではないニュースでも、何か深刻そうなBGMを流せば、いかにも重大なように思わせることが可能性として出来てしまうのです。また、客観的に見れば偽善的なようなものも、音楽の勢いでいかにも感動的にしてしまうことも出来るのです。ほかにも、支持する人のニュースに対してカッコよく見せかけるために勇ましい音楽をかけ、人気を集めさせるということも可能なわけです。実際、昔カッコのよいゲーム音楽がそういう使われ方をしていたのは見たことがあります(そこに偏向の意図があったのかはわかりませんが)。

しかし一番最悪なのは重大に見せかけるよりも、そのニュースを音楽により「お笑い」にしてしまうことではないかと思います。つまり本当は重大なニュースなのに、コミカルな音楽をかけて茶化し、本質から目を背けさせてしまうと。

わかりにくい方は、やけにBGMが使われているニュースを録画して、それを音を消したものを見た後、音を付けたものを見てみてはいかがでしょうか。おそらく印象は違うはずです。


もちろんBGMを流している報道全てがそのように視聴者を操作する意思を持っているとは言いません。しかし、BGMによって客観性を失わせてしまうことというのは可能性として出来てしまうわけです。ある方向に誘導するのではなくても、お笑いによる陳腐化などは出来てしまうと。なんというか、報道のドラマ化とか、劇場化とでも言えばよいのでしょうか。しかしこの傾向はニュースよりも、バラエティ風の番組、ものによっては報道の特集番組に多いかもしれません。

前述のように、これらはBGMに限らず、読み上げる文章やカメラワーク、コメンテーターの意見でも方向性を変えてしまうことが出来ます。しかしこれらは今まで指摘されている通り仮に操作しているのならば操作しているとわかりやすいものがあります。しかし、音楽の場合は、それがわかりにくいのですよね。私がブログなどで音楽紹介をするときにいつも思うのですが、その音楽のことを文字で語るというのはかなり難しいのですよね。というのは、文字は音じゃないから。そして音から受ける印象は、人によって違うから。つまり、その音楽がどういう雰囲気なのか、どうよいのか説明するにしても、言葉にしにくいのですよね。で、無理に言葉にしようとすると、なんか違う感じがする。よって正確に伝えるのは難しいといつも感じます。そしてこのニュースにおけるBGMもそうで、たとえ使われ方に意図的な誘導を感じたとしても、それを他の人に伝えるのは難しいのですよね。だって、音楽なんて人によって印象が違うから。故に、最悪放送側がそういう意図を持ってBGMを使っていたとしても、それが発覚しにくいというわけです。

まとめ

そんなわけで、自分はBGMを使っているニュースというのはあまり信じないようにしています。勿論個別のニュースを自分で見て判断すべきなのですが、与えられる情報に対して中立でいるためには、印象を動かしかねないものは出来るだけ排除しようかなと。

テレビのニュースを多く見られる方、次に見る時には、そういう感じでどのように音楽が使われているか、というのにも注目してはいかがでしょうか。まあそう偏向しているわけではないでしょうが(そうだったらおしまいだし)、少なくとも音楽の使われ方がいろいろとわかっておもしろいと思います。


ちなみに、最後にとある技。どんなニュースでも、音を消してドリフの『盆回し』(舞台装置が移動するときに流れる音楽ね)をかけると、ギャグ風のニュースに聞こえるライフハック(30代以上に特に有効)。

*1:その文章が中立的であるという前提で。