ものまね番組が衰退した理由を考えてみる

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普段テレビのバラエティはそんなに見ない私ですが、正月は集まりでテレビをつけっぱなしの上に、昼間からバラエティしかやっていない感じなので、どうしても目に入ってきてしまいます。まあ、無難に全国回ったり料理を紹介している分には気にしなければいいのですが。

さて、私がまだテレビを見ていた中高生時代から、正月とかにやる定番のお笑い番組というのがありました。それはものまね番組。私の学生時代はそれの最盛期でコロッケ、ビジーフォー、栗田貫一、清水アキラなどがものまね番組でかなりの人気を誇り、それらが一堂に会する『ものまね王座決定戦』はその中心で、正月の他春秋やる3〜4時間のトーナメントスペシャルは視聴率もかなり高かったようです。ただ、その最盛期からコロッケ始め多数のタレントが流出したりその他いろいろあって人気は低下。そして番組も終了を迎えました。

■参考:ものまね王座決定戦 – Wikipedia

そして名前を変えて今でもものまね番組自体はなくなってはいませんが、かつてのような高視聴率をとれるという話は聞きません。それはもちろんブームが終わって飽きられたというのもあるでしょう。ただ、思うにこのブームの時代以降は、ものまねに対して人気が出ない理由がほかにもいくつかあるのではないかと思ったのです。もちろんテレビの演出力が落ちたとか、ものまねタレントの実力が落ちた面もあるかもしれません。ただ、そういったものだけではなく、実はものまね自体が時代の流れに従って壁にぶち当たる運命にあったのではないかと。

まず、これはものまね番組後期によく感じたのですが、「ものまねをしている対象がよくわからない」というのがあります。つまり、うまい下手にかかわらずタレントが誰かのものまねをしているのですが、それの対象が誰だかよくわからないことがあったのですよね。特にスポーツ選手とか若手アーティスト。なので似ているかどうかわからない。いや、似ていなくてもいいとは思うのですが、こういうものまねってのは本人を知っていてそれとの比較(似ている、もしくは一部誇張した部分やギャップ)を楽しむものだと思うのですが、それがないと。つまり見ても面白いかわからないという現象が、ものまねを衰退させたのではないかと。たとえば今のモー娘。のメンバーは私には全然わからんし(初代からちょっとくらいのあたりしか自信ない)。

もちろんどの年代でもわかる、知名度が高い有名人というのはいます。タモリ、たけし、さんまというあたりから、大御所と呼ばれる人までのものまねはたくさんされています。ただ、そういう人たちというのは、必然的に多くの芸人がものまねをする分、競争が激しくなるのではないかと。そうなるとよほどうまい人(似てる、ではなく、それを使ってどうおもしろくさせるかというテクニックを持っている人)でないと、他の人に負けてしまうのではないかと。おまけにこのへんになると、コージー富田みたいに専門の人がいたりしますので余計。

また、どんなにうまくてもそればっかりやっているとさすがに飽きてきます。今更やりつくされたものまねを見ても「ああまたか」と思うでしょうし。せいぜい忘れた頃にたまに見てちょっと面白い程度でしょう。まあ、イベントなど営業ではそのくらいでいいかもしれませんが、さすがにそうなるとテレビでは出番は限られます。しかし前述のように新規のバリエーションを増やすにしても、芸人の多様化でみんながわかる人というのはかなり少なくなっていて、知名度の低い人のものまねをしてもウケない可能性は高い。となると完全に板挟みになってしまったのではないかと。

さらに若い人には、今まで日本人の多くが知っていた人も、知っているとは限らなくなりますし。特にすでに亡くなった人は。

こう考えるとものまね番組というのは、テレビがたとえ安定していたとしても下降線を辿る運命ではなかったかと。そしてものまね芸人もこれから先どんどん一般人の趣味が多様化するにあたり、かなり厳しくなってゆくのではないかと。つか、ものまねというのが顕著なものであり、この現象はすべての芸能に言えるかもしれません。まあ逆に言えば、今までが日本人の趣味が固定化されすぎていたのかもしれませんが。

まあ、今の形がダメになってきたというだけで、芸能が大昔から時代に即して変わってきたように、ものまねもまた時代に即して変わってくるかもしれません。

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