著作権保護期間の延長意見には皆がディズニーになれるという幻想がありそう

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興味を惹かれたのがこのエントリー。

津田さんが絶望した文化審議会での里中委員・三田委員らの発言 – Copy & Copyright Diary

読んでいただければわかると思いますが、コピワン問題などと同じく堂々巡りをしている感じです。

さて、この議論による問題や、延長による問題は津田さんの文章やコメントを見たほうが正確なのでそちらに任せるとして、何故このような著作権延長が主張されるのか、そしてそれにまつわる著作権者側の利益、不利益について考えてみました。

長い間、法律を変えてまで著作権が守られているものといえば、ディズニー作品、とりわけミッキーがあります。たしかに法律をねじ曲げるのは納得いかないものがあります。でも、ここであえてディズニー側の立場に立ってみると、何故そうするのかがほんの少しだけ納得できます。それは、ディズニー社には、ディズニーのキャラクターを金と時間をかけて育ててきたという自負があるからではないかと。ディズニー作品というのは、長い間会社によって保護され、育てられてきたために、ここまで大きなコンテンツとなったと思うのです。もし、ディズニー社もディズニーランドもなくなっていたら、今頃は黒いネズミだって多くの人にとって知られない存在となっていた可能性はあります。少なくとも、今ほどの認知度はなかったでしょう。そこまで金と時間をかけて育ててきたものを、時が来て無価値なものにしたくないから(まあ、収入源を断ちたくないからとも言えますが)、法律を変えさせてまで著作権の管理下に置きたいのでしょう。おそらく著作権者の立場から見れば、収入の面から一番うまくいった例ではないかと思います。

ここで、著作権の期限延長の主張には、著作権をもつ作品のほとんどがこのディズニーと同じ立場でいられるという幻想があるのではないかと思うのです。

日本でももうすぐ著作権が切れるものがあります。一番最初のエントリーでもそれが出てきました。たしかに収入がそれで得られているものがあれば、著作権が切れて収入が断たれることになれば、それに反発する人は立場によって(他の人にとって良かれ悪しかれ)存在するでしょう。しかし、思うのですが、作者の死後50年経ってまで、収入を得られる手段のあるコンテンツって、はたしてどのくらいあるでしょうか。上記のディズニーのように徹底管理されていれば、50年後も生き残っている可能性はあるでしょう。それに、時代に残る歌や作品も、50年後に親しまれている可能性はあります。しかしそんなものは、全体の極々一部ではないでしょうか(実際、ウォルト・ディズニーが作ったキャラにも忘れられているキャラクターはいるはず)。

さらに、今から50年前は、コンテンツ(キャラクターや作品全て含む)の数も少なかったので、期限切れのものが目立ちますが、それ以降はうなぎ登りにコンテンツの数が増えていきます。そして有名なごく一部の作品の下には、それほど目立ってないとてつもなく大量のコンテンツがあります。それはたとえばマイナーな作家のものや、メジャーな作家でも、有名な作品ではないもの。たとえばマンガなら、『鉄腕アトム』や『ブラックジャック』以外の手塚作品(『時計じかけの林檎』とか)、歌なら有名曲の収録されているレコードのB面等。超メジャーな作家でさえこのように隠れてしまう作品があります。そこより有名ではない人を勘定すれば、それはもうほとんどが50年経てば気にされていないことになります。気にされていない、つまり売れる見込みがないのに出せば金(著作権料)がかかるので、思い切った公表は出来ないという状態で、「塩漬け」にされているものも多いのではないでしょうか。

しかし、著作権から解放されることで、そういったマイナーな作品も再び多くの人の目に触れるチャンスが与えられるわけです。たとえば青空文庫には、文庫本化されないようなマイナーな作品が置いてあることとかありますしね。そういうのを読んで「へえ、この人こういうのも書くんだ」と思った人はいるでしょう。

しかし、著作権法を延長するということは、たしかに超メジャーな作品の収入は守りますが、そういったものがもう一度日の目を見るチャンスをなくすとも言えるわけです。それは前述の通り、有名作家の他の作品まで。さて、作り手はそれを望むでしょうか? 自分の作品でも有名になった作品ばかりが残って、マイナーな作品は消えると。そんなのはもちろん人によって違うでしょう。

すべての作り手が「(遺族に)金が入らなければ自分の作品は後世に残す必要はない」と思っているわけではないでしょう。しかし著作権延長問題は、その立場を無視して、メジャーな、それこそディズニーのようなコンテンツの立場のみで語っているような気がするのです。ひどいことを言ってしまえば、明らかにマイナー側に属してしまうような作品の著作権者も、メジャー側になれるような幻想を持って、著作権の期限延長を主張しているような例もあると思われます。

しかも、10年前でもすでに覚えていないコンテンツなんていうのはたくさんあります(音楽系は特に)。ましてや50年後にも残っていて、頻繁に使われるコンテンツなんて、有料である限りほとんどないと思ってよいのではないかと。それであっても著作権を延ばそうとしているのは、ひょっとしたら今の時点で目立っているコンテンツは、そこから数十年後も全部が同じ立場でいられると思っているのではないでしょうか。それはさもディズニーのように。でも違うのです。これから先、コンテンツはどんどん生まれてゆくのです。その中でコンテンツ力を企業努力によって維持し続けたから、ディズニー作品の力がまだ残っているのだと思います。そんな骨の折れるコンテンツ力維持をしていけるものなんて、どれだけあるのでしょうか。

そんなわけで、相当の努力をしなければディズニーになれないのに、ディズニーの成功例を見て、その方策の一部である著作権法の延長を主張しているように見えるのは、私の気のせいでしょうか? もしくは、いろいろなものを犠牲にしてまで、その万にひとつの可能性を得ようとしているのでしょうか?

そういうものに関しては著作権法ではなく、商標とか別のもので例外的に管理して、著作権法は前述のその他多くの作品のために、原則50年で自由ってことに出来ないのですかね? それならば、望む人だけに課金がある状態になるでしょうし(もっとも、その時点で有料で使うかどうかは微妙ですが)。

ちなみにディズニーに関しては、おそらく20年後、まだディズニー社があればおそらくは著作権延長の手段かそれに類するものを打ってくるかもしれません。しかし、その時日本も同じようにするのでしょうか。

◆追記

これもアメリカの人気キャラ『ポパイ』は、著作権が切れているけど、以下のようになっているようです。

ポパイ – Wikipedia

キング・フィーチャーズ・シンジケートは、ポパイのタイトル、タイトルロゴ、及び各キャラクター名を商標登録しているため、無断でロゴを入れたり名前を記述に入れたりすることが出来ない。

なので、Wikipediaにもアニメ画像は載っていたりします。

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