空中の杜

旧名「空気を読まない中杜カズサ」。

新聞部数減少の真の要因の考慮及び今後の展望

 最近よく見かけるようになったのが「新聞の部数減少が深刻」という話。度々言われていたことですが、データを参照すると、ここ10年間で半減となっています。部数の減少は予想していましたが、ここまでとは正直予想外でした。

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 そしてこの手の話題を出すとSNSあたりでは「オールドメディアの偏向報道のせい」というような声が大きくなりがちですが、正直なところ、報道内容が新聞の部数激減の理由としてまったくないとは言いませんが、そこまで大きな要因ではないと考えております。
 しかしながら、それは新聞の部数、ひいては経営面においてはもっと大きな問題と考えられます。

新聞を読む人のイラストキャプ

新聞部数が激減した要因と考えられる生活の変化

 新聞の部数激減については、10年前どころか今世紀に入り、ITの発展以後幾度となく言われています。そして自分でもかつてこのブログで、「若年層が新聞を購読しない理由は金銭以外にもある」というエントリーを書きました。こちらを書いたのが2010年と16年前になります。

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そこで「若者が新聞を購読しない理由」として挙げたものが、自分も最近一軒家の古い実家から集合住宅住まいになり、都市部における新聞購読者減少の話としてかなり実感することになりました。過去記事と重複しますが、改めて考えられる要因について挙げてゆきます。

オートロックの普及

 昔の一軒家なら玄関もしくは玄関前のポストに配達され、集合住宅でもドアの新聞受けに入れられていた新聞。しかしオートロックの普及により、いちいちドアを出て、上階住まいなら階段やエレベーターを上り下りしないととってこれないものになります。
 これは16年前の記事にも書いておりましたが、現在の都市部集合住宅ではオートロックが以前にも増して普及しているため、その現象は加速しているのではないかと考えられます。
 タワマンなどの高層住宅では配達員がエントランスを通過して戸別宅配するケースもあるようですが、昨今のセキュリティ意識の高まりから、たとえ配達の人といえども部外者を入らせるのに難色を示すケースも多いと考えられます。何より「それを手続きする手間を経てまで新聞をとるか」というところが大きくなります。
 またオートロックがあるなしにかかわらず、住人以外の立ち入りがあまり好まれないようになっている傾向も考えられます。昔の戸配形式は、現在の集合住宅には相当不向きということは言えるのではないでしょうか。

 

セキュリティ意識が新聞を敬遠する

 上と同じくセキュリティ関連として、新聞が枷になることが考えられます。つい最近、そこそこ近い一軒家に住む親族が葬式で数日家を空ける時、「新聞受けに溜まってる新聞とっといて」と頼まれました。これは昔からよくあることですが、新聞受けの状態がその家に人がいないという証明になってしまうためです。昔なら誰かしら家にいて、それを取れる状態にあったケースが多かったでしょうが、現在共働きが普通になり、長い時間新聞受けに残留するような状態となると、それを防ぐために購読しないというケースも多いのではないでっしょうか。
 たしかに新聞販売店に連絡すれば止めてはくれるでしょうが、セキュリティ意識の高まりにより、たとえ誰であっても家の空室状況を知らせるのには躊躇するケースも多いでしょう。

 

都市部の部屋における場所コスト

 昔誰かが「東京は家賃が高く部屋が狭いので、専有面積当たりの単価が高いから、余計なものを置いて置くとコストの浪費」と言っていましたがその通りで、都市部の大多数の家では無尽蔵にものを置いておける状態ではありません。そこで金銭と共にスペース的にも場所をとる新聞が敬遠されているというのもあるでしょう。
(これは雑誌が売れなくなった理由の一端とも言えますが)


 16年前にもこれらのことは書いておりましたが、それから状況が変わった話も聞きませんし、もうかつての新聞戸配の形態と現在の主に都市部の生活形態は完全に合わなくなっていると言わざるを得ません。
 過去に記事を書いたのは、「若者の新聞離れ」と言われ、新聞の部数減少は若者が活字離れしているせいだみたいな風潮があったことへの疑問からでしたが、これら見えていることがなかったではないにせよ大きく言われなかったことのほうが疑問です。

 

コスト増による値上げでの圧迫

 あと純粋に「新聞の価格が高騰したため」というのもあります。
 10数年前は朝刊夕刊セットで4000円程度だった全国紙のセット月額も、現在では5000円前後まで値上がりしているようです。
 これは近年の紙代、トラックでの運送費、各種人件費など経費の値上がりに伴うものだと想像できます。そして今なおこれらの高騰が続いているため更なる値上がりも予想されます。そうなると大多数となる家庭ではかなりの経済的負担になりますし、逆に購読していた人がここをカットすればかなりの節約となる金額になってしまっています。
 前回の消費税率値上げ時に新聞を軽減税率に含めるかで揉めていましたが、結局月100円程度の違いでは焼け石に水もいいところだったということでしょう。それで他の情報媒体にはない軽減税率が必要だったのかという疑問が残ります。

 

新聞拡張団の消失

 昭和の時代、新聞の契約を結ばせるための新聞拡張団というのがありました。これには押し売り的な強引な手法が横行し、社会問題ともなっておりました。私も2005年頃に、宅配と偽って当時仕事先近くで借りていたマンションのオートロックを開けさせて勧誘してきたのがいたので、少なくともその頃まではいたということでしょう。
 ただ、その後問題視する声が大きくなり、契約は外部の拡張団を使わず内部スタッフ以外させない方針になり、これらの強引な契約も以前と比べて急激に縮小してゆきます(全滅ではありませんが)。その分強引にとらされていた部数は減ったと言えるでしょう。
 これに関しては新聞社側を評価するべきでしょうが、それを言えば長年押し売り的なものが横行していたのはどうなのという話にもなりますが。

 

 最も致命的な「習慣の喪失」

 しかし最も深刻なのは、上記の理由で新聞を手にする機会が激減し、「新聞を読む習慣」というものが消失しつつある、ということでしょう。かつて毎日配られて目にするのが当たり前だったものが、すでにそうではなくなっている、ということです。
すでに今の未成年のなかには、ニュース自体はネットやテレビで見ているとしても、紙の新聞が家にあり、それを毎日、もしくはたまにでも読むという経験をしたことがない人も増えているのではないでしょうか。ちなみに最近テレビでやっていましたが、すでに若い世代は昔会社のオフィスや図書館など公共施設にあった、片側を大きい横長のクリップで閉じて引っかける感じにしてある新聞ストッカー(新聞ばさみ)を見てもわからないようです。
 そしてその世代はすでに社会人になっているのです。

 

内容面のマイナス要因

 あと、内容面でのマイナス要因もたしかにあるでしょう。それはよくネットで言われるような報道の問題だけではなく、たとえ情報が正しかったとしても、読み手にとってはミスマッチしてしまうと忌避されてしまうというのがあります。以前、メディアが限られていた時代ならそれでも情報源がここしかなかったけど、選択肢の多くなった今となっては、”あらゆる意味で”「自分にとって都合のいい情報」に流れるような人がいても不思議ではありません(これもまた色々な問題があるのですが、ここについて書くと非常に長くなるのでまた別の機会に)。


 紙の新聞としては今後を考えると悲観的

 自分は「オワコン」という言葉を安易に使うのは好きではなく、どのような分野でも形態を変化もしくは縮小集中など適合させつつ存続することが多いと思っているのですが、こと新聞の中でも昔からの形態、すなわち戸配が原則となっているものは終わる可能性が高いと考えています。
 理由は前述のライフスタイルやコストの問題などに加えてさらに「販売店の縮小」「配達員の確保困難」もあります。近年、地元でも長年続いていた配達店が閉鎖して、新聞の宅配距離が長くなる例がけっこうあったので。そして人手不足は明らかに直撃するでしょう。そして何より「日本人人口の純減」もあるのです。
 年間200万部が減少してゆき、そのペースが衰えない、しかもマイナス要因は多数あれど、プラス要因が見当たらないとなると、もう紙の新聞の宅配形式は終息に向かっているとしか思えません。2030年までに2000万部を切ってもおかしくないでしょう。
 すでに地方はおろか大手新聞社でも夕刊を停止、もしくはエリアにより配達を停止しているところも出ております。そのため日刊の戸配を原則とするシステムは遠くないうちになくなると考えております。
 ただ、業界紙や一部地方紙のように専門性、独自性が高いもの、また日刊ではないものは生き残る可能性はあると思います。


新聞社はどう変わるのか

 そうなった時に新聞社はどうなるか。ただそのまま廃業、もしくは情報通信部門を捨てて不動産など事業特化ということはあまりなく、何らかの報道機関として生き残る可能性はあるでしょう。それは通信社かもしれませんし、ネットを利用したコンテンツ業かもしれません。
 ただ、現在まで10数年間問題は常に言われていたのにこれから転換できるのかという疑問もありますが、できなければ潰れるだけなので、なんらかの変化を迫られるでしょう。なんかこのへん、電子書籍の歴史と少し似ている気がします。

 そうすると、配達をしている新聞販売店はどうなるのか。ただこれも全滅はせず、続ける意思のあるところか何らかの形で残りそうな気がします。特に今では個別に配達する労力は需要に対して不足しているので、昔ながらのチラシ配りなども需要ありそうです。ただ、個人的には新聞の宅配はオプションで、毎日の配達がてら高齢者の安否確認業とするような形態が大きくなる可能性があると思っております

prtimes.jp

 

10年後に見返してどうなっているか

 今回久しぶりに時間が出来たので、昔のようなブログエントリーを書いてみました。しかし、今回16年前のエントリーを参照する形となりましたが、読むと当時にこう考えていて、現在と比較してどうなったかを観察できて、なかなかおもしろいものがありました。
 もしこのエントリーが10年後にも残っていたら、これをその時の状況を見返してまたどうなっているかを観察したいところです。

 

※以下は投げ銭用で特に中身はないです。

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