空中の杜

旧名「空気を読まない中杜カズサ」。

世界遺産と女人禁制について

宗像大社の御神体である沖ノ島などあのあたりの遺産群を世界遺産にしようという動きは以前からあったようですが、それが文化審議会に国内候補として決められたということです。

※2017/10/14追記:その後『「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群』して登録が決定しました

先日、軍艦島などの明治の産業関連の建造物が世界遺産に認定されましたが(そしてその過程においていろいろと物議をかもしだしておりますが)、世界遺産への登録という行為が状態化してきた感じがあります。

 しかし、今回候補に挙がっている沖ノ島というのは独特の特色があります。その主なものは、沖ノ島自体が信仰の対象としてただの場所ではなく「御神体」とされており、一般の人の入場が著しく制限(年間の限られた一日に200名程度。それ以外は神職が1人のみ)されていること。そして女性が一切入場禁止、すなわち「女人禁制」なところです。

withnews.jp

 

立ち入りが厳しく制限されている既存の世界遺産 

すでに指定されているところでも立ち入りが大幅に制限されているという世界遺産はいくつかあります。

たとえばオーストラリアのマッコーリー島。ここは野生生物、とりわけペンギンの大繁殖地としても有名で、その環境保護のためにごく一部の人を除いては立入りが禁止されています。

タイのトゥンヤイーフワイ・カーケン野生生物保護区やペルーのリオ・アビセオ国立公園も、環境、自然保護を理由として、その地域の公的機関によって管理され、一般に開放はされていません。

あと、立入禁止ではありませんが、それなりに制限されているというところは自然保護区ではかなりあるようです。日本でも知床半島は一応立ち入りが出来なくはないようですが、船の着岸は禁止されており、到達には夏場にクマも出る可能性のある困難な徒歩ルートを歩くことが必要とされますので、軽い気持ちで立ち入らないように注意が呼びかけられています。


Shiretoko / Dick Thomas Johnson

 

全体が立入禁止というのは少数ですが、重要な箇所が立入禁止というのはむしろそっちの方が多いのではないでしょうか。

その理由としては、上記のような環境的理由のほか、損傷防止の為、宗教的理由などがあります。この前世界遺産に指定された「明治日本の産業革命遺産」における軍艦島も、損傷、崩壊の可能性が大きい為、一般的な立ち入りが制限されるのは確実でしょう。

 

 女人禁制の世界遺産

このように立入禁止区域がある世界遺産というのは珍しくありませんが、この中で議論となっているものがあります。それが「女人禁制」、すなわち女性の立ち入りを禁止しているというところ。

これはほとんど宗教的な理由によるものです。代表的なのはギリシャ正教の聖地、アトス山があります。


/ cod_gabriel

ここは15世紀以降、入場できるのは原則18歳以上の正教会教徒のみで、それ以外の入場は制限がかけられています。そして女性は一切入場禁止。動物も大半の雌は入れないという徹底っぷりです。

 しかし、それについては近年EUなどから批判があがっているようですが、それでも女人禁制は守られています。

 

 大峰山の女人禁制

ですが、実はこの世界遺産と女人禁制というもの、実は日本でも物議となっている箇所があります。

それが2004年に紀伊山地の霊場と参詣道として世界遺産に指定された大峰山。

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この一帯は古来より修験の場としてあったのですが、その名残から「女人結界門」より先は女人、つまり女性の立ち入りが禁止されています。

女性が立ち入りを禁止されている宗教的意味合いを持つ場所というのは昔は数多くあったのですが(富士山もそうだった)、江戸以降にかなり解禁され、現在では数少ないところの一つになっています。

 

女人禁制によって生じた議論

このように、日本でも 世界遺産で女人禁制の前例があるわけなのですが、こちらでもやはりそれを批判する人もおり、世界遺産登録後にその騒ぎもありました。それは2005年に女人禁制に反対するグループが女人結界門のところまで行き、一度は住民側との話し合いで解散したものの、そのうちの一部が登山を強行したというもの。これは当時ニュースにもなりました。

「女人禁制」というのは女性だけ立ち入れないということでもあります(でも、大峰山には女性が登山参拝・修業体験ができる「女人大峯」が存在するので念のため)、それついては、各々の立場からの意見があるでしょうし、何より長くなるのであえて深く触れません。ただ、別に女人禁制としている場所の人が 悪意をもって女性差別を行おうとしてそうしているとは思いません。ただ、伝統文化を守ろうとすれば、どうしてもそれと神事的なところで女人禁制も付随してしまうわけでしょう。でもそれを差別と受け取る人もいるので価値観の衝突がどうしても起きてしまうのでしょうが。

 

沖ノ島が世界遺産になれば直面する問題

つまりこのような前例がある以上、もし沖ノ島などが世界遺産に指定され、注目された場合には、アトス山、大峰山同様似たようなことが起こり得る、とも思うわけです。 

沖ノ島についても、女人禁制をはじめとする立ち入りの厳しい規制は何も差別意識でやっているわけではなく、それが昔から語り継がれてきた神事の伝統であるが故でしょう

ですが、文化の価値観は、ほかの文化の価値観と接した時、摩擦は起こってしまうもの。故にここでも価値観の衝突が起こってしまう可能性はあるのではないかと考えます。

さらに沖ノ島に関しては「女人禁制」だけではありません。この島には、この中で見聞きしたことを外に漏らしてはいけないという『お言わず様』 というしきたりがあります。しかし広く知られるということは、そこでも衝突が起きかねないと考えます。今まで長年しきたりを守ってきた付近住民だけではなく、広まればそれを破ることを厭わないことが出てくる可能性もありえるわけなので。

 

価値観はすべての人が同じと思うなかれ

どうも世界遺産に登録されることは誰もが賛成して、それじゃなければいけない、それがたとえ地元住民でも、そして当事者でもという空気になることが一番怖いと思います。価値観は人それぞれであるわけですから。まして神事という生活に直結することなら尚更。

世界にその文化が認められるというのはたしかに名誉なことでしょう。また、地元の活性化にもつながる可能性も高いでしょう。しかしながら、開放することにより、その場で生きてきた人や組織においてはそれがデメリットになりうる可能性もまた持ち合わせているという認識は持つべきではないでしょうか。共有をすることは清濁を併せ持つことでもあり、いいところを100%取りが出来るとは限らないので。

 

ともあれ世界遺産を絶対的な価値観とせず、それぞれの箇所において、本当に登録されることで起きる変化がプラスか、それともマイナスかをよく考えないと、かえってその場所の本意とは逆に方向に進む危険性があることは、すべての人が認識することではないでしょうか。つまり、一度決めたらどんな反対があっても、どんな条件があっても突き進むとかではなくて、その文化を守るために「引く」ことも覚えないといけないと思った次第。

問題が拡大してもう手送りになってから気づいて、そこが文化としての世界遺産ではなく、それを破壊したという人間の愚かな行為を示す跡地となってからでは遅いわけですから。