「日本における1年間の自殺者の数は約3万人」
これはニュースで、報道においては今年もこれを超えたとか、今年は下回ったとか、これを減らすためにどうしたらよいかなどの対策会議が行われるといったニュースが、毎年決まった時期に流れます。故にこの「自殺者3万人」を覚えてしまった人も多いのではないでしょうか。ちなみにこれは今年のニュース。
■(archive)クローズアップ2013:年間自殺、3万人下回る 若者対策は置き去り- 毎日jp(毎日新聞)
しかしこのニュース、毎年流れているため慣れてしまった面もありますが、もっとよく考えてみると、とてつもなく深刻なのです。もちろん「自殺」という行動事態が心理的、社会的など本人および周辺に様々な面に影響する重大事項であり、非常に深刻なニュースなのですが、実は「年間3万人」という数字においても、非常に深いものが隠されていると思うのです。というわけで、今日はそれについていろいろと考えてみましょう。
ただ、今回数字を使用して説明するため、人によっては数字の捉え方(主に数字同士の比較)に疑問を持たれる方もいらっしゃるかも思います(数字を使う説明ってのは、説明者が意図的に使いやすいってのはよくある話だし)。もちろん受け取り方は自由ですので、それもふまえて自殺の数や問題について考えて頂けると幸いです。
- 「年間約3万人」という数字を考え直してみよう
- 20年間で考えると自殺した人は60万人
- 自殺者数が日本人口の増減数を逆転させたことも
- 各世代における死亡率においての自殺の割合
- 他での死者数との比較
- 各国の自殺者数
- 本当に実質の年間自殺者数は3万人なのか
- 自殺問題は個人にとっても対岸の火事ではない
「年間約3万人」という数字を考え直してみよう
さてこの3万という数字、自殺関係なく、年間の、日本国内での人数とみた場合、多いと思われますか、それとも少ない印象を受けますか? たしかに万単位の人が自ら命を絶つというのは非常に重大なことではあります。しかしながら、一日にすれば約82人、日本の人口は現在約1億2500万人ですので、その中82人、また、年間数にしても125000000÷30000=4167と、4000人強に一人となりますので、これも少ないと感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、その思考で自殺問題を認識しているとしたら、とんでもない間違いを犯すことになります。
20年間で考えると自殺した人は60万人
というのは、「自殺者は次の年の自殺者にカウントされることはない」から。当然ですね。亡くなっているのですから。つまり、今年自殺した人は、来年の自殺者としてカウントされることはありません。それにもかかわらず、毎年新しく約3000人の自殺者が発生しているのです。
これはよく報道されている1年で見るよりも、もっと長い期間で見てみるとわかりやすくなります。つまり単純計算で、ここ10年では30万人、そして1990年年代半ばから今までのここ20年では60万人の人が自殺をしているということになるのです。
現在、日本で人口が一番少ない鳥取県の人口は約57万人、つまり20年間の自殺者数は鳥取県の人口を超えてしまっているわけです。
■参考:鳥取県人口移動調査:平成25年10月1日現在/統計課/とりネット/鳥取県公式サイト
自殺者数が日本人口の増減数を逆転させたことも
さて、数字を出したついでに、関連する数字を持ってきてもうちょっと比較してみましょう。
以下は数年前の調査における人口推移データ。
これによると、2010年の出生数は107万1000人、そして死亡数は119万4000人となっております。これもニュースで言われているように、数年前から出生数が死亡数を下回り、純減、及び少子化傾向となっております。2010年では12万3000人のマイナスとなっております。
ここで自殺者数の3万という数字をもってくると、
・死亡者数の1,194,000人のうち、2.5%が自殺者となる。
・増減数123,000人から見ると、、自殺者数の30000人は実に24%にもなる
となります(後者は比較に少し無理がありますが、参考として)。
しかも数年前の、出生数-死亡者数がマイナス3万人以下だった年(2005年、2007年)ですと、自殺者数の3万人が全体のプラスとマイナスを逆転させてしまったとも言えるわけです。
各世代における死亡率においての自殺の割合
そして各年代における死因のトップを記した厚生労働省のデータ。
■厚生労働省:死因順位(第5位まで)別にみた年齢階級・性別死亡数・死亡率(人口10万対)・構成割合
なんと、20歳から39歳まで、自殺が各世代における死亡原因のトップが自殺となっております(ことによっては10代後半も)。しかも40代までも2位となっています。もちろんこれは若いうちはガンなど悪性新生物が他の世代より低いというのもありますが、自殺による死が決して少数派ではないことが見えてきます
他での死者数との比較
さらに、自殺の数値について調べていたら、以下のサイトでも他の例をふまえて説明していた例があったので、記しておきます。
・年間自殺者3万人超 10年連続
・交通事故死者数の5倍以上
・イラク戦争で亡くなった米兵の10倍
・自殺による深刻な影響 国内で毎年200万人
・自殺死亡率 米国の2倍、英国の3倍
ちなみに 2012年の交通事故死亡者数は4,411人(まあこれは40年前のピークから減少を続けて、1/4まで減っているのですが)、あとイラク戦争で亡くなった米兵の数はカウント方法などで異なりますが、4488人というデータがあり、それだとだいたい6~7倍ですね。ついでに日本の戦死者はゼロとカウントされていますが、イラクから帰還した自衛隊員のうち25名が自殺したという報道があったことも付け加えておきます。
■参考:時事ドットコム:【図解・社会】交通事故死者数の推移(最新)
■参考:イラク戦争における犠牲者数
各国の自殺者数
ここまで踏み込んだので、ついでにもうちょっとデータを参照してみましょう。
まずこれは国際的に高い割合なのか、となりますと、日本は第8位となり、上位には韓国及び東欧諸国が並びます(あとガイアナも)。
これは各国で事情が異なるのでしょうが(たとえば少ない国は、宗教で自殺が禁じられていることからの抑止力が強いなど)、それぞれ調べてみると社会的深層が見えてきそうです。
本当に実質の年間自殺者数は3万人なのか
このように数字の見方を変えると、よく聞く「年間自殺者3万人」がどれだけ重いことなのか、そして自殺者数が微減はしているものの、毎年3万人発生しているとうことで、その差異だけでは足りないということがおわかりいただけるかと。いまや日本の人口にもかかわってくる重大な問題と言えるわけです(もちろん数だけではなく、たとえ少数でも深刻な問題に決まっていますが)。
さて、今までは数字の面から自殺者数3万人の深刻さを書いてきましたが、実はこの3万という数字自体、少ないとする説もかなり有力です。
というのは、まず、何処かに飛び込み死体があがらないような人は、行方不明者として扱われ、自殺数としてはカウントされません。それと、変死の場合も、その意思が不明な場合は事故死として扱われますが、これの中にも自殺の意思を持っていて死んだ、しかしカウント上は自殺か不明なので変死として扱われて自殺ではない、とされることもあります。
何も残されていない故人の遺志を察することは、その場の状況の推測以外出来ませんから変死の中にいくら自殺の意思があったかというのはわかりません。しかし、ゼロというのはあり得ず、自殺の意思を持っていた人も多数含まれることでしょう。
■日本の貧困と自殺者数と変死者数(3万+16万人/年) - Togetter
また、自殺に限らず検死をする検視官が現在の変死者数からして圧倒的に不足しているということが、事件性を闇に葬りかねないという問題が度々指摘されていることも付け加えておきます。
■(archive)警察医なり手不足…福島:医療・介護求人ニュース:yomiDr. 医療・介護求人:YOMIURI ONLINE(読売新聞)
さらに、自殺を試みたけど死ねなかった人は自殺者とカウントされません。 しかし、それは発覚分の自殺未遂行為だけ見ても、年間の自殺者数を上回っています(前述の自殺対策サイトでは10倍いると推定している)。そして自殺を試みなかったけど、それに近い状態に置かれている人というのは、自殺者より多いと推測されることも留意すべきでしょう。
自殺問題は個人にとっても対岸の火事ではない
今日は自殺問題というのは年間3万人という数字だけ出されただけでは浮かびにくい、想像以上に看過出来ないものとなっているという認識を説明出来ればと思い、このように視点を変えて説明してみました。数字の見方だけでこれですから、このあたりの心理、医療、社会的領域を探れば、さらに深いところが見えてくると思われます。
これから先、最初のような自殺数や自殺報道のニュースを聞くことも多いでしょうが、その裏に隠された数字などを想像することが大切かと。
自殺の原因というのは様々で、全部を社会的政策で解決するのは非常に困難ですが、それでも減らすこと、何よりそこの心理状態まで行かせず、回復に向かわせるために社会の制度を整えることは多少なりとも出来るはずです。これも多岐に渡るのですが、それこそ日本の将来にかかわることなので、片手間ではなく、政治的、社会的に真剣に取り組むべき問題でしょう。
人間たいして問題もなく、普通に暮らしている時は自殺のことなんて考えたくもないことでしょうが、この手の問題は対岸の火事ではなく、ある日突然、近い人、もしかしたら自分に降りかかってくるということは、十分あり得るので。