4K放送での録画禁止発言でCCCDの「失敗」を思い出す

民放連が次世代の高精細放送である4K放送時、その放送を視聴者が録画出来ないようにすべきと表明していることが、ここ最近度々報道されています。

1970年代後半から80年代前半にかけて映像コンテンツの権利者と家電業界がまっこうからぶつかった「ベータ…

理由としては「著作権の保護」とのことですが、これに対してすでにユーザーの反発の声が出始めています。理由として大きいのは、今まで是とされていたものを禁止すること、そして何よりも録画視聴というものを根底から否定するものであるというのが大きいようです。

しかしこういった「(今まで出来ていたものの)コピーを禁止する」ということは今回のテレビが初めてではなく、前例があります。そう、思い出す人も多いかもしれません。かつて音楽業界でこのようなコピーをコントロールする取り組みがされていたことを。そしてそこから「CCCD」が生まれたことを。

20160320053647

スポンサーリンク

CCCDが音楽CD市場に遺したもの

コピーコントロールCD、いわゆるCCCDがどういうものか、そしてどういう経緯を辿ったのか、というのはすでに過去に書きましたので、以下をご覧ください。

CCCD(コピーコントロールCD)はそれからどうなったのか。

現在では全く使われなくなってしまったCCCDですが、それが残したものはメリットかデメリットだったか。私は上の文章を書いた時、以下のように書きました。

CCCDが音楽市場にどのように影響したのかは不明ですし、わかる方法はなかなかありません。ただ、もし習慣的に音楽CDを買っていた人が、これを境に買わないという逆の習慣をつけてしまったとしたら、結果的にCDの売り上げを減らしてしまったことになります。そうなると非常に皮肉な結果だと思うのです。

現在、音楽CD不況と言われています。コンサートや音楽配信を含めた音楽を聴くということへの需要はともかく、CDについては以前とは比較にならないくらい売り上げが落ち込んでしまい、握手券をつけなければ売れないとまで揶揄されます。

こうなってしまったのは景気やネットの普及、視聴スタイルの変化など色々な要因があるでしょう。しかしその中で重大な要因として上で書いたように、「音楽CDを買うという習慣」を断絶させてしまったことがあるのではないでしょうか。すなわち、それまで(20世紀まで)は音楽CDは毎月のようにリリースされ、それを聴く習慣というものがありました。もちろん時代は徐々にデジタルプレイヤーの時代に移り変わっていましたが、それでもCDの需要はありました。しかし、再生するとプレイヤーを破損しかねないという噂まであったCCCDに嫌悪感をもたれ、そこで買うのを止めてしまった人というのは少なからずいると思われます。

CCCDでのリリースが止まった後、一度止めた人たちが再び買い始めるかというと、必ずしもそうは言えなかったでしょう。その時、音楽を新規開拓すること、もしくは音楽自体に興味を失った人もいたかもしれませんし。もしくはCCCDの期間に音楽ユーザーとなるはずだった若い人を拒絶してしまったかもしれません。その数値を正確に推し量ることは出来ませんが、少なくともCDの売り上げは大幅に下がったことだけは数字が示しています。

録画禁止で失われるテレビ視聴の習慣

このCCCDの時と同じ現象が、この「録画禁止」で起こらないという保証があるでしょうか。

テレビではゴールデンタイムと言われ、視聴率が一番取れるといわれる時間帯は19時~22時ですが、平日のその時間に現在家の前でテレビを見ているという社会人、いや学生も含めてどのくらいいるでしょうか。少なくともまだ仕事中という人や、そうでなくても仕事が終わった後のほかの娯楽なりをしている人が多いでしょう。

しかし、録画を禁止するとなると、その時間にテレビの前にいなければいけません。ですが、そんな能動的な選択肢をとる人がどのくらいいるでしょうか。ワールドカップ本戦のように数年に一度のものならともかく、そこまで熱心にテレビの前に行くよりは、テレビを見ること自体を放棄するでしょう(放棄しないのだったらもっとワンセグは普及してますよね)。そもそも仕事中なら見る見ないに限らず不可能ですし。

さらに言えば、録画というのは忙しい人がその番組の長さ、例えば一時間ならまるまる一時間を費やさずに部分的に飛ばすことで見ることが出来るという道具でもあります。それが出来なくなった場合、煩わしさを感じるようになって見なくなる人も出てくるのではないでしょうか。

録画禁止によってこういった自分の都合にあわせてのテレビ視聴が出来なくなるなら、テレビを見ることを止める、という選択肢をとる人は少なくはないはずです。そしてそれが慢性的になり、「テレビを見る」という習慣自体がなくなる人も増えるかもしれません。それは音楽CDを買う習慣がなくなったように。

テレビは既に生活の中心ではない

そもそも現在、娯楽は完全に飽和状態なのですよね。インターネットのなかった時代と異なり、現在はコンテンツで溢れています。ネットをつけて探せば、興味深いコンテンツは動画なり文字なりで大量にあるでしょう。さらに書物媒体だって溢れています。つまり、昭和の時代とは違ってテレビをつけなくても全く娯楽に不自由しない時代です。

ただ、現在のところなんとかテレビを見る、そして情報のコアにするという習慣とがある程度の年齢以上には保たれているところでしょう。つまり、テレビは「テレビを見る」という習慣の命綱であるとも言えます。ところが録画を禁止することによって「テレビを見る」という習慣自体を途絶えさせてしまえば、一気に視聴者離れが進んでしまうのではないでしょうか。特にネットが生活に密着している40代以下では。

テレビ局が録画禁止にしたい理由

このような状況で何故録画禁止と言い出すのか。それはメインは著作権の問題のほか、録画による繰り返し視聴をされるとパッケージで売れないという利益の問題もあるでしょう(あとログを取られるとマズイとか邪推もしたくなりますが)。さらに録画における視聴ではCMカットをされる傾向のため、テレビ局にとって利益にならないから、というのもあるでしょう。

しかしそうであっても録画を無くしてしまえば、前述の通り、せっかく録画という好きな時間で見られるシステムがあることで「テレビを見る」という習慣が繋がっているところでその命綱を自ら切り、テレビを習慣的なものではなくしてしまうという危険性のほうが高いでしょう。もしそうなって世間の注目度が落ちれば、そもそも企業だってCMを出稿する意義がなくなるでしょう。

テレビ局の時代遅れ意識?

正直、このようなこのが想定出来るにもかかわらず、下手をすればテレビを見る習慣が途切れかねないようなリスクを背負ってもテレビ局が録画禁止と言い出したのかかなり疑問を覚えます。

かなりの邪推ですが、どうもテレビに関係している人はいまだにテレビが持つ力が、家族揃ってお茶の間で見ていたとか、巨人戦のためにサラリーマンが早く帰宅した全盛期の70~80年代の発想で止まっているように思えてしまうのです。しかしいまや国民の多くが土曜の夜八時に家族揃ってお茶の間でテレビを見るわけではありませんし、プロ野球を見るために家に帰るサラリーマンもごく一部でしょう。そもそも地上波放送がないですし。

もしくは、すべてひっくるめてわかっているけど、いちかばちか録画禁止に頼らないとまずいくらテレビ業界がピンチなのか。

テレビ・スターは悲劇を唄うか

かつて、ラジオや映画から一気にテレビへと娯楽の中心が流れ、ラジオ及び映画の衰退が加速したのは1960年代。ちなみにその時にも映画業界各社は「五社協定(六社協定)」という悪名高い協定を生み出して、そして俳優のテレビ流出を招いて自滅しましたな。

ただ(厳密にはちょっと後の1970年代ですが)バグルスが名曲「ラジオ・スターの悲劇」を生み出したりも。


The Buggles – Video Killed The Radio Star

B00599UF3O

それからちょうど50年くらいが経つ今、今度はその番がテレビに回ってくるという可能性は決してないとは言えません。だって、50年というのは2世代に届かないくらいの、短い期間の習慣でしかないのですから。

その時、かつてように、またテレビスターがテレビの最盛期を懐古する歌が生まれるでしょうか。