美輪明宏が紅白で唄った『ヨイトマケの唄』と「放送禁止歌」の存在

紅白歌合戦において、美輪明宏氏『ヨイトマケの唄』が素晴らしいと話題になっています(注:この文章は2013/1/1に書かれたものを2016年にリンク切れ等若干追加修正したものです)。

この歌、これだけインパクトを与える歌、しかも美輪明宏という有名人が唄っているものにもかかわらず知名度が低く、はじめて知ったという方も多いでしょう。実はそれには、この唄が辿ってきた複雑な歴史があります。

まず、『ヨイトマケの唄』の意味より。聴いて分かるとおり、貧乏な家で育った子供が、母ちゃんの仕事のことでいじめられつつもそのがんばる姿を見て立派に成長し、その母ちゃんの唄っていた『ヨイトマケの唄』のことを思い出すというものです。ちなみに「ヨイトマケ」とは(上でのリンクでも書いてありますが)、昔、土木作業の機械化が進んでおらず、労働者の力仕事で行われていた時代に、地固めをするために使われた、大勢で縦になった丸太の様なものを持ち上げて下ろすための道具及びそれを作業する労働者で、語源は「よいっと(縄を)巻け」から来ているなど諸説あるようです。更に転じて日雇い労働者そのものを指す言葉となっていたようです。美輪明宏氏は、若く、まだ丸山明宏として今の姿ではなく男性の姿で活動していた時代、自ら作詞、作曲して作られた曲ということです。

しかしこの唄は、テレビで唄われることがほとんど(全部、ではないです。後述)ありませんでした。というのはこの唄が「放送禁止歌」に指定されてしまったためです。

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放送禁止歌とは何か

さて、「放送禁止歌」とは何か。これはあとからドキュメンタリーとしてつけられた名前であり、もともとは「要注意歌謡曲指定制度」という制度の中で指定され、放送が出来なかった歌に当たります。この要注意歌謡曲指定制度というのは、民放連が戦後定めたもので、歌詞に毀損、身障者、暴力、エロ・グロなどが含まれていた場合、民放がそろって3種類(放送しない=放送禁止、旋律は使用可能、該当表現削除で使用可能)の対応をすることを推奨するというものだったようです。これは法的拘束力も罰則もありませんでしたが、事実上の禁止制度として機能してしまっていました。

■参考:要注意歌謡曲指定制度 – Wikipedia

そして「ヨイトマケの唄」も、この制度に引っかかってしまったのです。おそらくそれは「ヨイトマケ」「土方」「ヤクザ」などが差別語に当たるとされたから、と言われています(ただし、民放連に加入していないNHKでは、何度か唄われたという話です)。
ですが、今回の紅白を聞かれた方には非常におかしな話に聞こえるでしょう。だってこれは、それら「ヨイトマケ」や「土方」で自分を支えてくれた母ちゃんを誇り、愛する歌であるのに、それが単語が差別語とされるものだからと指定されてしまったのですから(この「差別語」とされるものもいろいろと疑問があるのですが、長くなるのでまた別の日にエントリーを起こします)。しかし、事実としてこのような表現があったという理由で、放送が長い間されないものとなっていたのです。

余談になりますが、他の放送禁止歌に指定されたものとしては、一例として以下のようなものがあります。

びっこの仔犬(加山雄三)

「びっこ」が入っていることからと思われますが、曲聞けば全然差別意図とかはないんですよね。

手紙(岡林信康)

同和問題が唄われているもの。つか差別のために引き離される悲しい男女のもので、歌に差別意図どころか差別を憎むものなのですけどねえ……。

金太の大冒険(つボイノリオ)

下ネタオンパレード。とはいえ深夜ラジオではしょっちゅう流れていたようです。

おそうじオバチャン(憂歌団)

文字通りトイレのお掃除おばちゃんの歌ですが、職業で引っかかったのか? でも禁止にする意識自体が差別の様な気が……。

サマータイム・ブルース(RCサクセション)

原発批判曲。放送禁止どころかCDの発売中止まで発展(レコード元東芝EMIの親会社が怒った説が有力)。つかこれが放送禁止歌になっていたとなると、現在原発報道に対していろいろ言われているメディアでもまだ緩くなった感はあります。

制度が終わってもなお続く自主規制

しかし、この要注意歌謡曲指定制度は1980年代には自然消滅してしまったようで、指定のリストはなくなりました。しかしながら、その後も「各局の自主規制」という見えないものにより、これらの歌や同じく問題があるとされる箇所があると判断されたものが唄われることはほとんどありませんでした。これが「自主規制」すなわち、誰も指定してないけど、問題を恐れて流さないという状態の恐ろしいところだと思います。そしてこの影で同じような表現の発表側、作り手側も萎縮した例もいくつもあるのではないかと。

しかし1990年代後半から、この唄の素晴らしさに感化されたアーティスト達が、カバーという形で唄う機会が増えました。村上“ポンタ”秀一、泉谷しげる、桑田佳祐、米良美一、槇原敬之等々。
そしてその良さが広まってゆき、今回の紅白に至った感じでしょう。ただ、作られたのがもう50年近く前、あまりにも時間がかかりすぎたと思います。

■参考:ヨイトマケの唄 – Wikipedia

何のための規制なのか

転じて、他の作品はどうでしょうか。
歌や作品の全体を見ずに一部の単語だけで判断して、そして表現を規制するという事態、これは残念ながら今でも全く行われていないとは言えません
昔に比べたら、このような規制について意義異議を唱える番組民放自ら作ったものも出ていますが、それでもまだこのような規制は音楽以外の分野においても数多くあります。たとえばアニメ『巨人の星』の再放送版では「父ちゃんは日本一の日雇い人夫人夫」という言葉が削除されているとのこと。全体を見れば自分の父ちゃんを誇る言葉なのにその部分が削除されるというのは本末転倒の様に思えてなりません。

それについて、タブー視するだけでは無くもっと本質を考えないといけないのではないでしょうか。言葉に罪は無く、問題はそれを発した人間の意図だと思うので。逆に言えば発した人間に意図があればどんな言葉も差別語になり得るし、差別意識が無ければ、どんな言葉そうならないと思うので。

■参考:放送禁止歌 – Wikipedia(1990年代にフジテレビ深夜のNONFIXにて放映後、書籍化)
■参考:Taboo Songs〜封印歌謡大全 – Wikipedia(2007年。自分も聴いてました)

追記1

放送禁止歌について別にまとめてみたので、よろしかったらそちらもどうぞ。

美輪明宏が紅白で唄った『ヨイトマケの唄』と「放送禁止歌」の存在
美輪明宏が2012年紅白で唄った『ヨイトマケの唄』と、その歌が過去、長年にわたって事実上の「放送禁止歌」とされ封印され来たこと。そして「差別語」と言われるものの存在について。2016/1/1追記。

あと差別語についても。

「差別語」についてある視点から学んだ学生時代の記憶
高校の時、国語の教科書に載っていた『伊豆の踊子』。それが原文全部ではなく、省略された部分があること、そして「差別語」と言われるものの存在を教えてもらった記憶。

追記2(2016/1/1)

2015年12月31日の紅白において、3年ぶりに美輪明弘さんによって同じ曲が唄われました。今回も大きな反響があったようです。3年前書いたものからリンク切れなどを若干修正しました。

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放送禁止歌 (知恵の森文庫) : 森 達也