「若者の○○離れ」を語る時に考慮しなければならないこと

近年よく「若者の○○離れ」という記事をネットでもよく目にします。

若者のなんとか離れを検索してみた – kokokubeta;

若者の旅行離れ、「恋人の有無」が影響:MarkeZine(マーケジン)

Business Media 誠:酒類市場の縮小止まらず、若者のアルコール離れなどで

この類の話が出てくるとよく言われるのは、その原因がその対象への若者の意欲の低下が主因だとする見方。たしかに若者に売れないので、それは間違ってはいないでしょうが、時にはそれを若者は活動意欲がないとか行動力がないといった、「近頃の若者は……」的な論調でなされることがあります。故にこのテの話題が出てくると、その反発として話題が盛り上がるのでしょう。

さて、以前このブログでも「最近の献血離れ」というネタについて扱いました。

若者の献血が減っているのは本当に互助意識の低下によるものなのか
このようなニュースがありました。2008年の実績を1985年と比較すると、10、20歳代ともに献血者が大幅に減っている。1985年の16〜19歳を見ると、献血者179万人、献血率(人口に占める献血した者の割合)25%。20歳代は献血者260万人、献血率は17.6%だった。08年は16〜19歳の献血者が1985年の5分の1に、20歳代は半分以下になった。大幅に献血者が減ったのは、少子化による人口減少に加えて、若者の献血離れが進んだためだ。 この最初の「16〜19歳の献血者は24年間で5分の1、20歳代は半分以下」を見るとタイトル通り、「近頃の若い者は」という感じの文章になっていますが、ここにかなり意図的かそうじゃないのか、かなり数字のマジックみたいなものが見受けられたので、まずそこから。

ここではたしかに数値上は若者の献血数が減ってはいますが、それは若者の互助意識の低下ばかりとは言えないということを書いてみました。それは今と昔を比較するにしても、それには違いが多く存在し、単純な比較は出来ない場合が多いからです。

ということで、以下にこれらの「若者の○○離れの話題がなされる時、その原因を単純に若者の意欲低下と結論づけるよりも先に考えないといけないであろう事項を書いてみます。

※この文章は2010/2/8に書いたものを加筆修正したものです。

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若者人口の違い

献血のエントリーでも触れましたが、まず国内における若者と呼ばれる人の絶対数が変化しています。

■参考:厚生労働省:平成17年 人口動態統計の年間推計

団塊の世代と呼ばれる昭和20年代生まれが約260万人だったのに対して、昭和40年前後は約180万、昭和50年前後こそ200万前後になりますが、平成元年は約120万です。45年前からは約半分以下、昭和40年からでも2/3に下がっているわけですね。

つまり商品の売り上げや利用者の絶対数で低下を出すとすれば、それは人口が減っているので当たり前なわけです。こんなのは大前提なわけですが、どういうわけかこれでさえ考慮に入れてないんじゃ……と思われるものが見受けられます。

経済状況の違い

これはよく言われることですね。つまり20〜30年前のバブル期と今では景気、そして若者の所得が異なります。故に商品の購買、余暇利用などについて、そこに費やせる金がないと。たしかに現在の若年層でも高所得者は存在しますが、少なくとも以前より確実に減少しているでしょう。

将来展望の違い

20年前はまだ上で書いたように景気が良かったのに加えて、終身雇用がほぼ保証されていた時代でした。が、今終身雇用が保障されているものはかなり減少しているでしょう(少なくとも民間企業においては)。となると将来に対しての安心、つまり、10年後も同じ会社があるか、同じ会社にいられるか、給与水準は今と同等以上であるかということに対しての意識も、バブル期と今とでは大きく異なるでしょう。故に、消費しても収入が保証されていた時期と比べて、消費よりも貯蓄に回っても何ら不思議ではありません。

法律、制度の違い

昔はそのものに対して自由度が高かったものも、あとから出来た法律や制度によって、その自由度が低くなるということがあり得ます。これは主に「車離れ」「バイク離れ」における、駐車スペース問題に言われます。車は近年、駐車取り締まりが委託化されたことによるり、取り締まりが厳しくなったと言われますし、バイクの場合は駐車スペースがなかなかないとも言われています。で、違反切符を切られるとまた金がかかると。

故にそんな面倒なことになるよりはということで、所有を控える人も少なからずいるのではないでしょうか。もちろん法律、制度の変更自体はそれ自体に根拠があるでしょうが、その反面、その商品の購買力には障壁となっている面もあるのではないかと。あと、ビールの売り上げ低下も、景気的な問題の他に、酒税法における課税の影響があるのかもしれません。

競合相手の違い

「新聞離れ」というのがありましたが、それでいて若者が情報取得の意欲がなくなったかというと、そうではありません。それはPCや携帯電話を使って情報を得るために、必ずしも新聞を読まなくてよくなったからでしょう。

■参考:若者の「新聞離れ」は「ニュース離れ」ではない――米調査 – ITmedia News

これと同じことが、「若者の○○離れ」と言われているものの多くに言えるのではないでしょうか。テレビの視聴時間はネットやレンタルDVDなどの敵が出てきましたし、スポーツにおいても野球のほか様々なスポーツがメジャーになってきています。
広い括りだと、「娯楽」というものに非常に多くのものが参入してきたため、かつては独占的であったものの注目度が低下したのではないでしょうか。

ライフスタイルの変化

今と昔では、良くも悪くも生活形態が変わっています。以前書きましたが、電車での通勤時も昔は新聞や雑誌が必須だったのに、今は場所をとりかさばるそれらよりも、携帯電話でネットなりメールなりをしていた方がいいという人が多いのではないでしょうか。

■参考:

マンガ雑誌の売り上げを減少させた一因と思われる通勤・通学スタイルの変化
昔の通勤通学には新聞や雑誌が必須だったが、その通勤通学環境の変化がマンガ雑誌の売り上げを減少させた一因になったのではないか。

あと、定時で帰ってゴールデンタイムにテレビを見られる人が今、若年層でどのくらいいるでしょうか。少なくとも比率にしても、20年前より減っていると思われます。

「最近の若い者は……」の繰り返し

ざっと思いついたものを書いてみましたが、他にも要因はあると思われます。
つまり、これだけ周辺要因が違い、しかもそれらが複雑にからみあっている上、ケースも人によって違うのですから単純な比較が出来るはずもありません。にもかかわらず、「若者の○○離れ」を一つの原因に求めてしまうこと自体が間違っているのではないでしょうか。特に若者の意欲低下で片付けてしまうということは、マーケティングとしてはあまりにもお粗末な思考放棄をしているように思えるのです。

バブル期に社会人になった人は、その前の世代の人から「新人類」と呼ばれ、その言葉が流行語にもなりましたが、結局それは「最近の若い者は……」的な、理解放棄の理由付けだったと感じます。そしてその歴史は「最近の若い者は……」は古代から延々と言われ続けていたように、今もまたこういう形で繰り返されているのではないかと。

私としてはこういったものは、何か犯罪が起こった時に「ゲームのせい」「マンガのせい」と言われるものと似たような印象を受けてしまうのです。どちらも自分の理解出来ないものに原因を転嫁して『自分とは違うものだからしょうがない』としてしまうという点において。でもそれは危険な考えであり、マーケティングにおいても下の下ではないかと。

ただ、振り返ってみると同じようなことを自分たちもやってしまう可能性は高いのですとね(「ゆとり世代」とか)。そのあたり気をつけていかねばなと思う次第。

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