空中の杜

旧名「空気を読まない中杜カズサ」。

集団的自衛権容認は自衛隊の人手不足に拍車をかけるか

 このところよく騒がれているのが、労働者の人員不足。とりわけ代表的な例として、すき家とワタミが採りあげられることが多いです。 

www.nikkei.com

ただ、これはすき家やワタミのような飲食業に限ったことではなく、他の業界でも人材不足が問題として深刻と言われることが多くなってきているようです。

たとえば物流(主にドライバー人員)。

diamond.jp

たとえば建設人員。

biz-journal.jp

たとえばパイロット。

diamond.jp

 たとえば介護人員。まあこれに関しては不景気の時から一貫してそうですが。

www.yomidr.yomiuri.co.jp

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人手不足倒産

実は、こういった人手不足が起きて、企業が困るというのは今までにもありました。それが象徴的だったのはやはり1980年代のバブル期。

 

バブル期には就職活動に行った学生が、料亭とか高級レストランみたいなとんでもないところで接待されたとか、内定者を研修名目で海外旅行に連れて行ったという都市伝説みたいな話がありますが、わりと本当のようです。私もさすがに当事者ではないのですが、その年代の人に聞く限りはそんな例もけっこうあったそうで。

しかしそれには理由があり、そうしないと人員が確保できなかったから。そしてどんな人員であろうと確保できないと、仕事自体は大量にあるにもかかわらず、それをこなす労働力がないため結果として仕事が出来ないという非常にもったいない状況となり、最悪倒産の危機にまで追い込まれてしまう危険性があったからです。実際、バブルの真っ最中にそういった人材確保に負けて「人員不足倒産」をした企業もあるのです。

■参考:Y-CUBE MAIL

そして今、その兆候が出始めています。

 

しかし1980年代後半はまだ就職者人口が上り坂の時代でした。大学入試の受験者数も上昇している時代でしたしね。ですが今、少子化で減少傾向に向かっている今、その時より深刻さを増しているのかもしれません。

まあ、労働力というものの価値が異様に低かったこの20年のほうがおかしかったのかもしれませんが。

 

集団的自衛権容認における自衛隊員のリスク増加

さて、これらのニュースと混じってここ数日メディアを騒がせているのが「集団的自衛権」の問題。

これの内容ついてはとんでもなく長くなるので割愛しますが、もしかしたらこの集団的自衛権というか、一連の自衛隊をとりまく昨今の変化が、もしかしたら上記のような人材不足に巻き込まれる可能性というのが出てくるのではないかという思いもあるのです。

ものすごく単純に言ってしまうと、「リスクが高まる職場に多くの人が集まるか」ということ。

 

戦後70年、警察予備隊を経て成立した我が国の自衛隊ですが、主な任務は災害救助など、国内の非常時に対する行動でした。もちろん有事の際の準備は行われていましたが、一部の例外(PKOなどの海外派遣)を除いては、基本的に災害救助及び国内の防衛に備えることが主務となっていました。

しかし、このところの尖閣諸島周辺問題などを含めて緊張が高まっていることは連日報じられています。これらが今後どうなるのかはわかりません。衝突が起きるか、それともいままでもあったように、緊張は高まれど、衝突は回避するのか。そこらへんは今後の政治、外交の力にかかってくると思います。

そして今回の集団的自衛権。これによりどのようなアクションを起こすようになるのかというのはまだ見えていませんが、自民党幹事長から以下のような国連軍や多国籍軍の参加の可能性を容認する発言が出ていますので、その可能性も時流に寄ってはあり得るでしょう。

集団的自衛権:「限定」は個別法で…石破氏 - 毎日新聞

 

つまり、このような時流によって、以前より自衛隊員でいることの生命的リスクは高まる、と広く認識されるようになってしまうのではないでしょうか。もちろん非常事態はいつ起こるかわかりませんので、尖閣諸島や集団的自衛権以前だって有事は常に発生する可能性がありますから自衛隊は生命的リスクを負ってはいますが、そのリスクが高まる、と多くの人に認識される可能性はあります。


ここで最初の労働力の話に戻ります。つまり今後自衛隊員になるということがリスクとして高まると、自衛隊員のなり手が減少してしまう可能性があるのではないでしょうか。それは最初に書いた労働の市場原理における労働者不足と同じように。

もちろんそういったリスクを度外視して、何かの理想なり目的のために自衛隊に入る人は存在するでしょう。しかしそういう人だけで自衛隊員をまかなうというのはあまりにも楽観的すぎかと。

 

現在でも自衛隊は人員不足

せっかくですから現在の自衛隊の人数の話でも

防衛省・自衛隊:防衛省・自衛隊の人員構成

 

こちらの自衛隊が公表している資料を見てみますと、陸海空の定員に対する充足率は90%程度(海軍がちょっと上がって92%程度)。ここでも充足はされていないのですが、90%以上ならまあ、という感じはあります。

しかしもっとも問題なのは、その打ち分け。「幹部」「准尉」「曹」といった、幹部、中堅クラスの充足率は95%弱や98%までいっているものがあるのですが、その下になる「士」においての充足率はなんと68.8%にまで下がってしまっています。

「士」というのは、 主に入隊から三年未満の自衛隊員。ここから経験や試験などで、管理的な立場の曹などになります。しかしここの定員55758人に対し、現員が38356人と、上記のように70%未満になってしまっているのです。

まあ上の方だけ席が埋まっていて、下の方が圧倒的に足りないというのは、日本の縮図みたいに思えてしまいますが。

 

ただ自衛隊の人手不足は今に始まったことでもなく、一昔前、代々木で歩いていると自衛隊のひとが予備校生を勧誘に来るという話がありましたが(まあ昭和の時代らしいですが)、今でもやはりそういった広報活動を行うくらい、一般自衛隊員の不足は深刻ということではないかと。資料請求すると、電話がすぐにかかってくるみたいな話も聞きますし。

まあこれについては構造の問題の他に、財務的な問題もかなり影響しているようですが(調べると財務省との問題とかが出てくるので)。

 

■参考:(解説)自衛官の人員(実員)充足の現状

 

基本的にどの先進国でも軍隊は人が集まりにくい

ただ、これについては日本国内の問題というだけではなく、軍隊が志願制の 先進国はどの国でも起きる問題なのですね。というか徴兵制を敷いている韓国でも、兵役を逃れるために、スポーツ等で兵役免除目指してのゴタゴタや、海外への国籍移動を検討するなんて話をよく聞くわけで。

 故にそのために軍隊の志願者には優遇した処置をとっている国が多数あります。日本でも、自衛隊のほうが特定の運転免許をとりやすく、退役したあともそのパイロットとして活動しているなんて例も多く聞きます。

 

しかし、本当に自分が命のリスクが高まる場合において、賃金なども含めてそれらの優遇を上回ることというのはかなり困難ではないかと。ましてや労働市場がほかでも人手不足となり、売り手市場となった場合。

そういったわけで、日本でも今後あまりにも政治的な都合(それが不可避なものであるかそうではないかどちらにしても)で自衛隊にリスクを置いてしまうと、今以上に人が集まらなくなる可能性があるのではないでしょうか。

 

幹部候補生も人員不足問題に巻き込まれる可能性

しかし問題はそういった募集で集まる一般自衛官だけではありません。自衛隊の幹部候補となるクラス、すなわち防衛大や防衛医大出身者ももしかしたら減少する可能性も否定は出来ません。

原発事故が起きた後、大学院の原子力専攻が減ったという話がありましたが、それの自衛隊版も起き得る、ということも。防衛大に入る能力のある人なら、国立大や海外大学に進学なんてこともさほど難しくない人は多いと思いますし。

www.nikkei.com

日本史を見れば、戦前、軍部の力が強くなってきた時代には逆に成績が優等な人の就職先の多くが軍だったという話ですが、文民統制が行われていて、(このまま世界が平時ならば)武力組織は政治の上には決してなれないので、同じ現象は起こらないと言えるでしょう。

 

現役の自衛官の早期転職の可能性

更に言えば、現役の自衛官でも今のままでいるのか、という不安が走ることになります。別にすぐ戦争が始まるような状態ではなくても、いつ国連軍やら多国籍軍として派兵されるような状態になるとしたら、やはりこのままでいいのか、と思う人が出ても不思議ではないでしょう。それは人間の心理として。自分の命はいい、という人でも、やはり家族がいて、家族のためにも危険な情況にいるのは避けたいと思う人もいるでしょう。

となると別の職場を探すわけですが、不景気な時代ならともかく、この人員不足の時代ですから引く手あまたとなるわけです。とりわけ免許持ちなどスキルを持っているなら尚更。

ちなみに、何か戦乱が起きてからだと自衛隊法により抜けることは非常に困難になります。

第123条 第76条第1項の規定による防衛出動命令を受けた者で、次の各号の一に該当するものは、7年以下の懲役又は禁こに処する。
一 第64条第2項の規定に違反した者
二 正当な理由がなくて職務の場所を離れ3日を過ぎた者又は職務の場所につくように命ぜられた日から正当な理由がなくて3日を過ぎてなお職務の場所につかない者
三 上官の職務上の命令に反抗し、又はこれに服従しない者
四 正当な権限がなくて又は上官の職務上の命令に違反して自衛隊の部隊を指揮した者
五 警戒勤務中、正当な理由がなくて勤務の場所を離れ、又は睡眠し、若しくはめいていして職務を怠つた者

※引用:自衛隊法

故に、自衛隊員の除隊が深刻なレベルで出るとしたら、わりと早期である可能性は高いかもしれません。

 

労働リスクを超えるものを提供できるか

こんな感じで、今の人手不足の労働市場がそのまま自衛隊にも波及する可能性がは高く、「集団的自衛権」はその追い打ちとなる可能性も全否定はできないのではと。

でも人が集まらないと、それこそすき家の閉店じゃないですが組織自体が回らなくなる可能性もあります。

これを防ぐためには、それこそ自衛隊の待遇をリスクに見合うように上げる必要がありますが、どの程度すればそれができるのか、というのは難しいところです。何せ行動制限と生命リスクが直に来ますからね。

 

「集団的自衛権は必然的に徴兵制になる」という意見があります。さすがに一足飛びに徴兵制は飛躍しすぎと思いますが(これは講演内容がそうなのか、タイトルの抽出の印象なのか不明ですが)、リスクが高まれば人員が減ってゆくというのは市場原理として自然なので、徴兵制が出来ない以上、人が集まらなければかえって自衛隊という組織を人員不足面で弱体化させてしまうという可能性もないわけではありません。

賛否は多数あれど、日本を守るということで掲げられているはずの「集団的自衛権」が、こういった遠因によってかえって自衛隊の力を弱めないか、そうしないためにはその解釈の可否含めどんな対策が必要か、こういう観点からの検討も必要ではないかと。それこそ自衛隊は飲食店のように店舗を閉めてしのぐようなことはできないので。