空中の杜

旧名「空気を読まない中杜カズサ」。

現代のネットにおいて『聖林皇帝』は存在するか

『ギャラリーフェイク』というマンガをご存じの方は元メトロポリタンのフジタの名前で比較的多いかと思われます。アニメ化もされましたしね。さて、その中に『聖林皇帝』という話があるのをご存じでしょうか。



『ギャラリーフェイク』の「聖林皇帝」

簡単に話を説明しますと、まず、フジタが失敗して財産を失うことになった映画プロデューサーのもとを訪れ、美術品の買い取りを依頼します。そこでの雑談で、フジタは失敗した映画は決して悪いものではなかったと語りますが、その映画プロデューサーは「すべては”カイザー”のせいさ!!」と語ります。

その後フジタは映画会社の社長と会っている時電話がかかってきて、電話口で「カイザー」の名前が。聞くと、そのカイザーというのは、「ヘルズ・ウォッチャーズ」という映画批評サイトを開設しているプロフィール不詳のアマチュア批評家。ただ影響力は大きく、その批評はあっという間に広がり、映画の興行成績に大きく営業を及ぼしているとのこと。最初に出て来た映画プロデューサーの作品も、ここで酷評を受けたせいで失敗したとの見方が広まっていると。故に各映画会社はカイザーを引込んで自作に有利な批評を引き出したいと考えていると。故にフジタがそのカイザーが好きである日本製フィギュアを入手してご機嫌を取るために派遣されたというわけです。

 
細野不二彦『ギャラリーフェイク』(小学館ビックスピリッツコミックス)28巻P85・P87

そして途中色々あるのですが、そのカイザー、最低な男であることが露見します。最たるものは映画会社がカイザーのために用意した試写会に同席していた主演女優に対し、セクハラをした挙句、一緒に寝るように迫ったそうです(そしてそれを拒否した後、この映画のことをボロクソに書こうと言っていたり)。そこでフジタは一計を案じ、このカイザーの恥部をさらけ出すことでそのサイトの支持者からの見放されるいうものでした。興味がある方は読んでみてください。


そして、この『聖林皇帝』という話。最後は「この物語はフィクションだが、同様の映画批評サイトは米国で現実に存在する。 そこでの評価が新作の興行成績に影響を与えることも、制作サイドがこれに戦々恐々としていることも、まぎれもない事実である……」と締められています。

さて、これがこの話がビックコミックスピリッツで掲載されたのは2002年の50号。(発売は2003年かも)←(ツッコミあったので訂正。おそらくは2002年秋)現実の日本でもIT革命を経てネットが普及してきた辺りであります。その当時に描かれたこの話は、日本ではそれに該当するほど映画、及びその他作品や商品に対して力を持っていたサイトはまだありませんでしたが(2chは存在していましたが、まだアングラサイトなんて呼ばれている時代でしたし)、将来ネットが大きくなればそういう存在が生まれてきてもおかしくはないなとは思ってしました。

影の見えない『聖林皇帝』

そしてこれを読み返して思うのは、現代の日本のネットにおいては、そのような存在は生まれているでしょうかということ。たしかに現代のネットにおいてはブロガーなど、特定の1人が発言力を持っているという状況はありますが、ただ、作品の批評などにおいては誰か1人がそれについて賞賛、もしくは酷評した場合でも、(多少の影響はあるかもしれませんが)その作品の売れ行きを大きく左右するといったことは少ないと思います。あるとしたら、ゲームにおけるバグなど致命的な欠陥の指摘くらいでしょう。

それよりも最近問題と思っているのは、本人の主張ではなく、他者の主張を引用するという形で、特定の作品なり出来事に対してそれを述べるというもの。はっきり言ってしまうと、まとめサイト呼ばれるものです。よく言われるのが2ちゃんねるをまとめたまとめサイトですが、TwitterまとめられるTogetter、それに最近ではNAVERまとめなどあらゆる箇所からの情報をまとめ、そして広く公開できるものも存在します。もちろんまとめ自体は複雑なものを読みやすくしたりすることで有用ですし、全てのまとめ行為、まとめサイトが悪いわけではありません。しかし残念ながら一部のまとめにおいては、「聖林皇帝」のような問題を生んでいるように思います。

それはどのようなものかというと、その作品に対する悪評を2ちゃんねる等から拾ってきて、それをまとめることでさも悪評が一般的なものとして存在していると見せかける形。もちろんその逆も可能です。もし引用なら真実だしいいじゃないかと思う方はちょっと待って下さい。引用と言ってもすべての意見をとってきているわけではなく、それは編集する人間が選んだ者を、その任意の順番で並べているということだって十分あり得るわけです。そう、情報は伝えられるまでに必ずと言っていいほど、伝聞役としての誰かの意図が入り込みます。つまり世の中では99%の人が賛成で1%の反対があるものでも、その1%のみ抽出すれば記事の文面ではそれが100と見せることも可能なわけです。

これについては、昔書いて、しょっちゅう引用しているエントリーがあるのでそちらで。もう書いたの4年弱も前か。
d.hatena.ne.jp

上のマスコミの手法ですが、最近思うにこれと同じ方法がネット上のまとめで使われているように思えてなりません。特に注目=アクセス=アドセンスの収入を集める性質のネタなら、真実が二の次でデマを振りまく場合も見受けられます。正直、ネットではよくマスコミの歪曲報道や失態をマスゴミマスゴミと言っていますが、そのマスゴミと同じ存在はむしろネットにも蔓延しているのではないかと思うことがあります。


もう一度書きます。マスメディアの記事でもこのようなまとめでも、必ず間には人が存在し、編集などにおいてそこに手が加えられてから読み手に伝えられるのです。それはイコール真実とは限らないということは念頭に置いておくべきだと思われます。

このような形でとある作品にとってプラス、もしくはマイナスの評判を意図的に編集して採り上げられたとしたら、それこそ聖林皇帝ではないでしょうか。しかも存在が見えないで、あたかも大衆の意見のように見えてしまうというところが余計タチが悪い。

『聖林皇帝』はものを貢がれるのか

さて、これらがその編集者の面白半分でやられているだけでも問題ですが、さらには聖林皇帝のように利益を挟んでしまう場合も考えられます。すなわち最近よく言われる「ステマ」。つまり特定の企業から利益を得て、そこの有利な記事を書く、逆にその逆を貶すという感じ。これは本当に存在したかはわかりませんが(その分野のソフトのサンプル提供くらいなら別にいいのですが。大昔からリリース時には各メディアにサンプル配るのはありましたし)、あったとすると先のマンガの聖林皇帝に振り回される映画会社みたいでなんだか悲しいなと思うわけです。ちなみに自分、ゲーム音楽ライターでもあるのでゲームサントラは頂いたことはありますが、その他のものとか金なんて断る以前に提案さえされたことないぜ! とカラ威張りはともかく、今はなくとも本当にマンガみたいなことになったらなんか作品を楽しむ側として悲しい感じが。

余談ですが、アフィリエイト、つまり紹介したものの売れ行きに応じて報酬を得る仕組みとステルスマーケティングが同一視されて批判されることがありますが、両者は全然違うものと考えます。なんというかネット上で言うなら「アフィリエイト+自作自演広告=ステルスマーケティング」という感じでしょうか。問題は自作自演広告にあるのであって、アフィリエイト自体は有効に使えばかなりいい仕組みだとは思います。もっとも金銭絡みになるだけあって、ステマとか下手をすれば詐欺みたいに悪いものに結びつきやすい性質があってしまうので、そこが今後の課題だとは思いますが。


『聖林皇帝』をその玉座から卸すには

さて、これらの問題について書いて来ましたが、じゃあそういった存在に対してどうすればいいのか、ということですが、結局他人の意見ではなく、自分を信じて、自分の価値でおもしろさを計ることが一番の大原則なのではないでしょうか。つかみんな注目してないものから面白いものを発掘した喜びは極上のものなのですけどねえ。でも、長年それを言いつづけても、結局声の大きなサイトなり人なりのものが支配してしまいがちというのは悲しいところではありますが、このままでいいわけではないでしょう

あと、メーカーにはこのテのサイトにおける悪評などは大げさに気にしないでスルーして欲しいと考えますし、余計な利益供与などはしないで頂きたいと思います(個人的にはリスクのほうが大きいと思うのですけどね)。万が一デマだった場合、ちゃんとデマと説明する根拠があれば(たとえ悪魔の証明でも、デマを流した側に根拠がないというものもある程度根拠になり得ると思う)はそれをTwitterでもサイトでも知らせてもらえれば自分なりほかの訂正をしてくれるブロガーなりが全力で訂正にかかると思いますので。


とにもかくにも、作品を嗜む人は見えない、そして場合によっては存在するのかわからない意見より、自分の価値基準を信じてみませんか?



さて、何故今日こんなことを書いたのかと言うと、以下のフジタの言葉に集約されます。


細野不二彦『ギャラリーフェイク』(小学館ビックスピリッツコミックス)28巻P85・P99

『メディア社会の現代では、「権力者」とは他人の言葉やふるまいを支配する者さ!! 金持ちや政治家だけとは限らない。』『なのに、あたかも反逆のヒーローを装って自尊心を肥え太らせているヤツには虫酸が走るんでね。』


自分も文章を書いてこうしてブログで発表している身としては、そのような存在にならないようにしたいという自戒の文章ってことで。


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