何故RPGは主人公の目覚めから始まるか

このような話題が。

お茶妖精:海外ゲーマーの疑問「日本のRPGは主人公が部屋で目覚めるシーンから始まるけどなぜ?」 – livedoor Blog(ブログ)

たしかに日本のRPGのスタートでは、朝の目覚めから始まるものがわり多いですね。本文に書いてあるように『クロノトリガー』とか『マザー2』もそうですし、RPGで知名度が一番高いもののひとつである『ドラゴンクエストIII』もそうです。私の大好きなアクションRPGである『天地創造』も朝(いやな夢を見て)起きるシーンから始まります。RPGばかりではありません。アドベンチャーゲーム、とりわけギャルゲーなどで多いウインドウメッセージ表示タイプやビジュアルノベルタイプのものでも朝の目覚めから始まるものは多いです。

これの理由としては「朝の目覚めで始まる」というのは、物語の最初にとっては非常に都合のよいものだからだと考えます(もちろん話の作り手全員がそう考えているとは限らないでしょうが)。今日はその理由を実例をふまえて書いていこうと思います。

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主人公とプレイヤーを同じ「スタートの立場」に置く

朝の目覚めから始まるゲームというのは、先述の通りRPGやアドベンチャーゲームに多いですが、その中でも特に主人公の視点がプレイヤーの視点と同一化されるものに多く存在すると思われます。『ドラゴンクエストIII』など台詞がないものが一番顕著ですが、主人公が台詞を喋りそれなりの個性をもっているような場合であっても、プレイヤーはそのキャラクターを通してゲームの世界を味わう、プレイヤーの分身となっています。このタイプのゲームでは、最初にやらなくてはいけないことがあります。それは「プレイヤーを主人公に感情移入させること」と、それに関連して「周辺(世界観)を理解させること」(もちろんこのタイプに限らない場合も多いですが)。

ゲームがプレイヤーと主人公の同一化を目指していても、実際にプレイヤーが感情移入をしてくれないとどうしようもありません。故に、そのプレイヤーを操作することがプレイヤーとの一体感を与えるように仕向ける必要があります(まあたまにプレイヤーの意図からあさっての行動をする主人公もいますが、そういう場合プレイヤーとの同一化を目的としておらず、客観的視点でプレイさせることにさせているか、あるいは同一化に失敗していると言えるでしょう)。その感情移入として重要なことのひとつが、プレイヤーと主人公の情報を共有すること。つまり、主人公が知っていることとプレイヤーの知りうる情報を同一化して、その世界に対する思考や行動原理を同一方向にすることですね。

ただ、プレイ開始時点では、原則としてプレイヤーはそのゲーム内の世界における情報を知りません。つまり世界における情報がゼロの状態からスタートします。そこで、まず同一化する主人公を擬似的なゼロの状態、にすると、プレイヤーと似たような立ち位置に出来るため、都合がよいと思われます。すなわちそれが朝起きる状態なのではと。ちなみに同じように多い「記憶喪失からのスタート」も理屈としては同じで、主人公の情報をゼロ、言い換えれば同じくスタートの立場に置くことで、同一化をさせやすくしていると思われます。

朝起きるところからの世界の広げやすさ

朝起きるところから始まる利点は、そのゼロの状態から世界を広げやすいというのもあります。

物語がスタートしてから、物語の作り手はプレイヤーに対して情報を与えていかなければなりません。これは小説など物語と呼ばれるものの全般に言えることでしょう。ただ、物語の場合、それをいっぺんに主人公の思考(地の文)として与えるということはあまりしません。そうするとどうしても説明くさくなってしまい、読み手の感情移入に対して違和感を与えてしまう恐れがあるからです(初心者の書いたラノベとかではいっぺんに説明しようとして不自然になる例がわりとあるみたいですが)。故に多くの場合は物語の進行に合わせて、可能な限り不自然ではないように説明する必要があります。

『ドラゴンクエストIII』の最初の状況で、ちょっと例示してみましょう。

勇者の母「おきなさい。 おきなさい わたしの かわいい (Y)や……。」
「おはよう (Y)。 もう あさですよ。
きょうは とても たいせつなひ。 (Y)が はじめて おしろに いくひ だったでしょ。
このひのために おまえを ゆうかんな おとこのこ として そだてたつもりです。」
「さあ かあさんに ついて いらっしゃい。」
「ここから まっすぐいくと おしろ です。
おうさまに ちゃんと あいさつ するのですよ。 さあ いってらっしゃい。」

■参考:ドラクエ3セリフ集・その1 ※リンク切れ

この台詞と玄関までの移動で、いくつかの情報がわかります。

・主人公は母親とこの家で暮らしている(画面を見るとほかにも家族がいる)

・今日が大切なお城に行く日。

・この町にはお城がある。そして王様がいる(そういう世界にいる)

・主人公は「ゆうかんな おとこのこ として」育てられた

この最初の話だけで、これだけこのゲームにおける世界や主人公の置かれている状況がプレイヤーにわかります。

さらにお城に行くと、

「よくぞ きた! ゆうかんなる オルテガのむすこ (Y) よ!
そなたの ちち オルテガは たたかいのすえ かざんに おちて なくなったそうじゃな。
そのちちの あとをつぎ たびに でたいという そなたの ねがい しかと ききとどけた!
てきは まおうバラモスじゃ!
せかいの ひとびとは いまだ まおうバラモスの なまえすら しらぬ。
だが このままでは やがて せかいは まおうに ほろぼされよう。
まおう バラモスを たおしてまいれ!
まちの さかばで なかまをみつけ これでそうびを ととのえるがよかろう。(→武具とG入手)
では また あおう! (Y)よ!」

ここでは

・主人公がゆうかんなる オルテガのむすこである←さっきの「ゆうかんな おとこのこ」育てられた理由とつながる

・その父親は「かざんに おちて なくなった」

・主人公は「そのちちの あとをつぎ たびに でたい」

・敵は「まおうバラモス」

・そのバラモスが危険な存在である

・それを倒すことが(このゲームの)目的

・「さかばで なかまをみつけ」られることの明示

・武器のお金をくれる(武器の存在の明示)

の情報が提示されます。

ここのやりとりで「世界観」「状況」「人間関係」などの大まかなところがわかってしまうのです。しかもこれらの台詞は、大方不自然さを感じることなくなくすんなりゲーム内でキャラクターが為した会話として受け入れられます。

そしてその後、町の人との会話や、実際に外に出て、その世界における情報を台詞やグラフィック、ゲームシステム(敵キャラとの遭遇等)といったものによって与えられてゆくことになるでしょう。

ギャルゲーで幼なじみに朝起こされることの理由

ちなみにこれと同じことは、実は同じく朝起きるのが典型となっているアドベンチャー、とりわけギャルゲーでも言えると思います。

よく、主人公が寝ているところで、朝、幼なじみ(もしくは妹)が起こしに来るのがパターンとなっていますが。そこでゼロの状態からわかることもいくつもあるわけです。たとえば起こしに来る状況ということは、親がいない(不在)、そして起こしに来た幼なじみとの関係性(少なくとも家にあがれる関係)等々。そのへんは主人公の思考を地の文で表すという形で、なるべく不自然にならない形でプレイヤーに伝えている場合が多いですね。

さらにその後のなにげなく思える会話でもいろいろな情報が伝わってきます。たとえば「遅刻する」で、この二人が学生であり、同じ学校に通っていること、今日が平日であることなどの情報を明示することが出来るわけです。とりわけ、キャラクターの特性を明示する必要のあるギャルゲーなどでは、その会話によってキャラクターの性格をプレイヤーにわからせることが重要となってきますね

そして、基本的な環境をプレイヤーに伝えたその後は学校に行き、転校生とぶつかってトラブルが勃発したりして、RPGで外に出るように話が広がってゆくわけです。

まとめ

このように、情報を自然な形でプレイヤーに与え、感情移入させるのにいろいろなことを考慮しないといけない物語の出だしにおいて、「主人公が朝起きる」というパターンはいろいろと都合がよい点が多いと思われます。故に多くの作品でこのパターンが有名作品などで多く使われ、そして一種のフォーマット化されていったのではないかと考えられます。

どの作品でも、序盤での展開というものは、このような工夫がかなりなされていると思われます。それは作り手の工夫で目立たないようにされていますが、たまにはうがった見方でどうように情報を読み手に与えているか、細かく分析してみるのもおもしろいかもしれません。

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