空中の杜

旧名「空気を読まない中杜カズサ」。

現実は『バカフリーの街』に近づいていないか

鈴木みそさんの『オールナイトライブ』というマンガをご存じでしょうか。ファミ通を読んでいた昭和生まれの人なら『おとなのしくみ』の作者が描いたものと言えばピンとくるかもしれません(私は子供の頃この『おとなのしくみ』や『あんちゃっちゃぶる』、それに『しあわせのかたち』やファミ通町内会、ゲーム帝国を目的に買っていた世代)。こちらは連載誌がマイナーなのかメジャーなのかよくわからないコミックビームで10年前に連載していたインタビューや取材ありのレポマンガだったり、空想した世界のマンガだったりという、『おとなのしくみ』などで培われ、このあと『銭』などに続く鈴木みそさんの味がとてもよく出ている作品となっています。それを知らない人でも、ネット上(とりわけ2chあたり)でゲーム専門学校の話題となると、どこからともなくこの作品の『ゲーム専門学校から見た風景』の画像が出て来るので、それを見たことがあるという方はいらっしゃるかもしれません。ちなみに最近では、『限界集落温泉』という作品が出てますし、さらに『非実在青少年読本』でも、山口弁護士へのインタビューマンガを掲載されていますね

限界集落温泉 1巻 (BEAM COMIX) 非実在青少年◆読本 (ロマンアルバム)


そんな『オールナイトライブ』を読み返していたのですが、非常に興味深いものがありましたのでちょっと紹介してみようと思います。



それは単行本6巻に収録されている『バカフリーの街』という話。これはバリアフリー法が成立してから駅に設置されるエレベーターを見たところから始まります。そして確かに車椅子でも簡単に電車に乗れるのはいいことだけど「ギューギュー詰めの電車は変わらないまま、エレベーターひとつつけてバリアフリー」という考え。その次の言葉が印象的です。


鈴木みそ『オールナイトライブ』(エンターブレインビームコミックス)6巻P112

「こういう社会福祉目的の法案や税金には反対意見が言いづらい」
「でもアリバイ作りのような法律が本当に人に優しいのだろうか」
「『地獄への道は善意で舗装されている』という言葉がちょっと頭をかすめたり」

そこから空想のマンガ「バカフリーの街」が始まります。



その世界は、何かをガイドする看板だらけ。それは明日から「バカフリー法」が始まるから。しかしこれは通称で、正式名は『高齢者・未成年等の公共機関・飲食業サービスの利用を対象にした目的を明確に表示する義務に関する法律』というものらしいです。つまり、それによって公共機関や飲食業などは子供や老人が見てもわかる表示をしなければならなくなったということです。中には「頭上注意」という看板がその注意書きで大きくなり、頭を余計ぶつけそうになったものまで出てきています。

そこから(この世界の)鈴木みそさんと奥さんが飲食店に入ると、机に「これは机です」と書いている。いくらなんでも……と思いつつも、どの辺まで説明すればいいか混乱しているようなのです。そしてウエイトレスがやってきます。しかしその時、担当名、そして年齢まで言われます。さらにメニューにおいては、コーヒーひとつひとつに豆の種類、産地、製造法、生産者、味、味わい方まで書いているので、とても分厚くなっています。PC書籍などほかのものもそんな感じですが、ただ、その解説でマンガ需要が増えたのでマンガ家は特需な感じ。後ろでテレビを見ると、野球がやっています。ただ、実況の度にいちいち「イニングというものが9回まであり〜」と解説をしている状況。

そして会計をすると、文句をいいに来ていた客が。それは店のキャンペーンのクイズにおいて、そのチラシの中に「ク○ズ」、ヒント「クイズ」のように、何処にも答えが書いていないからと。そうしていると「広告を見つめるたかの目の会」という人達がやってきて、「広告のクイズに違法性がある」というので、店長が呼び出され抗議を受けます。


鈴木みそ『オールナイトライブ』(エンターブレインビームコミックス)6巻P112

それを見て「いやー大変な世の中になってきた」「ジョークにも説明がいるのかなあ」と思う。

帰ってテレビを見ると、CMがやっていますが、下手に説目するとボロが出て突っ込まれるから、どこもイメージ先行商品名連呼になっている。そしてゲーム雑誌はRPGや経験値といったものの説明まで書いている感じ。

そして、この世界で思ったことをまとめるような次の一言がまた衝撃的です。

「こういうほんの少しわかったような気がする情報ってのは一番タチが悪いかもしれん」
「逆に必要な情報が見えなくなっちゃうし ムダなものばっかりでウザい」

そして、選挙カーの名前連呼だけは変わらないというオチ。


重要なのは、何も作者はバリアフリーなど弱者への取り組み自体を否定しているというわけではないということ。問題は「アリバイ作り」のようなことをして、問題を解決した気になってしまうことにより実際は本当の目的(弱者保護)を果たさなくなるどころか、弊害を生み出してしまう危うさに対することだと思うのです。それが最初の台詞であり、そしてこのマンガの締めの実話に出ていると思います。バリアフリー法で世田谷線チンチン電車(荒川線の間違いかな?)はすべて階段のない新車両に変わりました。で、階段のない新車両は入り口が高くなってしまうので、駅のホームを一斉に高く工事した結果、ホームに今まではなかった新しい階段が出来たのですが……せまいからスロープがありません。


鈴木みそ『オールナイトライブ』(エンターブレインビームコミックス)6巻P122

そして「やさしさって何?」という言葉で、このマンガは終わります。


これはもう10年も前の作品になりますが、なんだか現実でもこういったアリバイ作りのような法律や動きが近年見かけられるような気がするのです。例えば東京都の青少年育成条例の改正案とか、ネット規制、携帯規制などの法律(法案)に対してそう感じてしまうのは気のせいでしょうか。たしかに問題を解決するための法制定は否定できませんが、それが「アリバイ作りのための法律」となり、実際はそれを受けた弱者に対するやさしさになっていない、ということがあるのではないでしょうか。

そしてもうひとつ。たしかに現代では様々な情報が与えられるようになりましたが、その提供されるたやすく見られるものだけを見ることで「必要な情報」を見失うようになっていないでしょうか。そしてその情報だけを受け取ることで余計与えられる情報へ依存する体質になっていないでしょうか?


ちなみに今日紹介した『オールナイトライブ』は私の持っていた旧版のほうを参照しましたが、最近は再構成した版が復刻されているようです。ほかにもいろいろと興味深く読めるものが多いので、どこかで手にしたら読んでみてください。

マスターピース・オブ・オールナイトライブ1 特攻取材 (BEAM COMIX) マスターピース・オブ・オールナイトライブ2 艶笑百景 (BEAM COMIX) マスターピース・オブ・オールナイトライブ3 世相問答 (BEAM COMIX) マスターピース・オブ・オールナイトライブ4 遊興三昧 (BEAM COMIX)