20年前の有害コミック騒動で有害指定された実例から範囲拡大の危険性を考える(前編)

現在、ネット上に限らず「東京都青少年育成条例」の改正案の件が話題になっています。うちでも以前書きました。

東京都青少年育成条例改正案における表現規制の危険性について語る
前々から話題となっていた、表現規制を含む東京都の青少年育成条例が提出されたようです。 ■番外その22:東京都青少年保護条例改正案全文の転載: 無名の一知財政策ウォッチャーの独言 これのソース元はここみたいですね。 ■The Prefectural Ordinance about young healthy upbringing (a reform bill) - 2010/2/24 まだ断片的な情報なのですが、かなり見た時に「ネタ?」と疑いました。事実、今でもかなり信じられない感じです(もしネタだったら「よかった……変な改正案は存在しないんだ」とでも言って、ウイスキーでも飲みます)。というのは、あまりにも法律としてその定義が曖昧であり、このまま施行してしまうと運用次第ではとんでもないことになってしまうので。しかし多くの人(特に表現物になじみの薄い人)は「そのようなこ...

ネット上での意見を見ていると「条例案はゾーニングを目的としていて、創作物を弾圧するわけではないのに、何故反対するのか」という声も聞かれます。これを反対の人が見ると、そういう人はマンガに悪意を持って規制に賛成している、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし冷静に考えてみると、それは別にマンガに悪意を持っているという人ではなくても、知らないのだったらそう考えるのはそこまで不思議ではないと考えます。たしかに条例だけ見ると、その法律における表現に関しての部分はゾーニングであり、表現自体には特に影響がない、と思われる方がいても不思議ではないでしょう。それに、拡大解釈の可能性を疑い続ければ、きりがないというのもわかります(軽犯罪法とか銃刀法の刃物規定を厳密に使えばすでに殆どの人を逮捕できてしまうので)。『太陽の季節』も、条文の不備を指摘する材料としては使えても、それが実際に規制される、と思っている人はあまりいないでしょう。

ただ、それでも私が「危険性がある」と思い、そして同じく多くのマンガ家や読者が立ち上がったのには、「そうなりかねない」という根拠を持っていた人が多いと考えます。何故なら、それは過去に実際有害指定の範囲が予想以上に拡大する現象が起こってしまったから。

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1990年代の有害コミック運動

それは20年前の「有害コミック騒動」。その時リアルに起きてしまったことが、拡大解釈の危険を証明しているように思えるのです。その詳細につきましては、Timestepsのほうに書きましたので、そちらもご参照ください。

1990年代のマンガに対する表現規制運動である、有害コミック運動はそれからどうなったのか。

これを見ると、今回の動きはこの時とそっくりなのですよね。つまり問題が提唱される→法規制の動きが起こるというあたりが。そして20年前はこの後、大規模なマンガの有害指定が全国的に起こり、そして数々のマンガが紙面から消えてゆくことになります。この時のことを知っている人は、この当時の流れがそのまま今に復活してしまうことを危惧している方も多いのではないかと。

上のリンク先でも書いたのですが、この当時の動きは明らかにとんでもない方向に行っていたのです。この有害コミック騒動時も、コミックに特に嫌悪を抱いていない多くの人はねらいは「子供が読める雑誌の、少女マンガっぽい絵の美少女がセックスしているものだけだ」と思われていました。具体的には当時ヤング系コミック誌で流行していたその手の作品とか、その他かわいい系の絵でセックスシーンを描いているもの。そして当時の雑誌を見る限り、後に反対するマンガ家の人も初期は「さすがに子供が読めるとこでそういう激しいセックスシーンはなあ……」というので、そう思っていた人は多かったようです。ただ、現実はそこでは止まらなかったのです。

そしてそれは今、賛成している人が考えているものと似ているかもしれません。もしかしたら賛成気味の議員の人でさえ、悪意なく狙いは限定的だからと素で思っている人もいる可能性もあるでしょう(そうじゃないと知っててそれでもやってる人もいるかもしれないですが)。そして今回の目的はゾーニングと思っているとしたら、素で「何で反対するの?」と思っている人が多いのも頷けます。

しかし、過去、実はそれら多くの人が想定していた範囲だけでは規制は止まらなかったいう事実があるのです。歴史上で法律が制定時多くの人が考えてた想定を外れてしまうことというのは歴史上よくあります。そしてそれはコミックの規制にもそのようなことが行われてしまったのです。

というわけで歴史は上のリンク先を見ていただくとして、ここでは具体的にその時「有害コミック」と指定されたもののうち、明らかに多くの人の想定を外れたんじゃ?と思えるものの実例を挙げてみることにします。

ちなみに以下の「有害指定」については『「有害」コミック問題を考える 置き去りにされた「性表現」論議』(創出版)のP14〜15にある、1990年12月から1991年5月までに指定が行われたもののリストや、私の記憶を参照しております。ちなみにここに出ていない県でも、大阪府などそれ以降条例が制定されたことを付け加えておきます。

『百八の恋』(畑中純)

『モーニング』に連載されていた作品。長崎、宮城、静岡、福島、島根、埼玉、山口、山梨、佐賀で有害指定。
このマンガが有害指定になった時、当時青少年の私も「は?」と思いました。だって、確かに裸もエロシーンもかなり出て来るのですが、欲情対象になるものではないのですよ。絵としては、小島功氏(『黄桜』のカッパ)のような感じといえば似ているでしょうか(一番下のリンク参照)。

畑中純氏の絵柄は代表作『まんだら屋の良太』に見られるように、版画調の絵です。そして『まんだら屋の良太』にしても『百八の恋』にしても、昔の日本の田舎の、性的タブー意識が薄かった時代の、イキイキとした青年像を描くといった意味合いのほうが強いと私は感じます。作品の傾向としては、昔の『ガロ』系に近いでしょうか。ある意味時代が経てば、芸術的な感じさえするでしょう。しかし、これは上で書いたように多数の県で有害指定されました。でも、この基準でいくと『ガロ』(今なら『アックス』か)で連載されているようなエログロ系の作品まで引っかかってしまう可能性は高いと思われます。つげ義春氏の『ねじ式』『ゲンセンカン夫人』でも、セックスシーンみたいなものありますし。

■参考:━畑中純「まんだら屋の良太」 – 『梁塵秘抄』 または ”わしふぃーるど” – 楽天ブログ(Blog)

ちなみに現在畑中純氏はマンガ家のかたわら版画家もされていて、大学教授もされているようです。
『百八の恋』は現在は絶版なのですが、ブックオフあたりにはあるかもしれません。

1970年代記―「まんだら屋の良太」誕生まで 極道モン (1)

※2016/1/6追記:畑中純氏は2012年にお亡くなりになられました。

『ラブリン・モンロー』(ジョージ秋山)

『ヤングマガジン』連載。宮城、山口で有害指定。
これはとある軍事政権下(ナチス・ドイツがモデルっぽい)の国での、娼婦モンローが大統領夫人となるまでの物語となっています。で、娼婦ですから当然エロシーンが出て来るのですよね。でも、この作品、軍事政権側の人間は狼、そして虐げられる民衆は豚という擬人化作品。つまりその手のシーンは動物の交尾なのです。故に当時、動物の交尾で欲情する人がいるのかというネタを言っていた人がいたような。

ただ、もっとも、ジョージ秋山氏の作風は『銭ゲバ』や『アシュラ』で見られるように、けっこうおどろおどろしいイメージがあるのですよね。『アシュラ』の第1回では飢饉の時のカニバリズムシーンが問題となったようですし、『銭ゲバ』の描写も物気を醸し出しました(ちなみに、『銭ゲバ』は去年ドラマ化されましたね)。そしてこの『ラブリン・モンロー』でも豚を狼が喰う(つまり虐殺のイメージ)シーンがあるのですが、それが残酷と見られた可能性はあります。でも少年誌ではなくヤンマガなんですけどね。あと、このくらいのホラーシーンなら、それまでにもいくらでも存在しました。『アシュラ』自体少年マガジンでしたし、『銭ゲバ』や楳図かずお氏の『漂流教室』は少年サンデーだったのですから。さて、禁じられるのは動物の交尾か、それともグロテスクなイメージを与えるシーンか。

ちなみにこの作品、この時以来復刊されたない上に、この騒動の影響からか後半の巻の出回りが少ないのです(中古ではプレミアついちゃってます)。復刊が待たれます。

アシュラ (上) (幻冬舎文庫 (し-20-2)) 銭ゲバ 上 (幻冬舎文庫 し 20-4)

『Blue』(山本直樹)

『ビックコミックスピリッツ』で連載され、東京都青少年保護育成条例で不健全と指定されたのがこの『Blue』。この指定が、20年前のマンガ家が規制に反対する大きな契機となります(ちなみにその会見で集まったのが、今回と同じちばてつや氏や里中満智子氏、それに亡くなった石ノ森章太郎氏等)。

山本直樹氏の場合は、その作品全体が「性」を扱っているので、この作品にも当然セックスシーンは出てきます。でもこの作品のメインテーマって、青春時代のさまよえる心理や、恋愛をテーマにしているので、そこでセックスシーンは欠かせない要素となっているのですね。そしてこの『Blue』も同じで、読んだ後に青春ものっぽい不思議な余韻を残します。ある意味『太陽の季節』が扱っているようなものと共通するところがあるのです。だからこのテのもので性描写を無くすというのはかなり表現にとって障害となるのではないかと。余談としてですが、規制が行われた時にはあとで説明する『さくらの唄』含めそのテの青春の群像あるいは暴走もの、そして児童虐待を否定するための児童暴行が描かれているものがなくなってしまうのではないかという危惧が非常に大きいです。

そして山本氏はその後、『ありがとう』という映画化もされた名作を生み出しますが、ここでもし氏の性的描写の勢いが衰えていたら、その名作も生まれなかったかもしれません(『ありがとう』は「家族」をテーマにしたマンガですがまさに性と暴力重要なキーワードのひとつになるので)。

ちなみに山本直樹氏、今でも同じように性をテーマとした作品を多く書かれています。ただ、そのうち『HOTTA 堀田』は3巻だけ、近年東京都の不健全指定を食らい、Amazonなどでの購入が出来なくなっています。これは読んでないのでなんともいえないのですが、一度読んで考えるべきかなと。

BLUE (OHTA COMICS) ありがとう 上 (ビッグコミックス ワイド版)

『さくらの唄』(安達哲)

『ヤングマガジン』連載。ちょっと手元にはないのですが、これもどこかの県で受けていたはずです。

これも青春群像もの。最初の内は学園モノっぽい感じでしたが、途中からカオスになり暴力から金、レイプ、近親相姦とあらゆるキーワードが出てきます。それ故に指定になってしまったのでしょう。そしてヤンマガ誌上での連載休止となります。そして単行本で続きが出るのですが、3巻だけ「成年コミック」マークがつくことになりました。
指定がされたせいで、気になるストーリーを追いたいのにそれを読めなくなってくやしがった未成年がいたという話。ただ、まだ単行本で完結しただけいいのですよね。講談社は「成年コミック」をつけて刊行し続ける方針だったのですが(『百八の恋』や他の作品も同じく)、その他の大手出版社はそのまま連載終了→廃刊になっていましたから。

しかし、この作品も性描写は強いものの、『Blue』とか『太陽の季節』のような青春の時代故の暴走ものなのですよね。そして実際に読むとわかりますけど、か表現はきつくてもかなり心に残るものを残すのですよね。このような名作が消えるような規制だとしたら、断固反対しなければならないと思います。

あと、余談ですが、『少年マガジン』に連載されていた同じく安達氏の『キラキラ!』も、5巻が山口で指定されています。これも同じく青春もので、しかもラストがすごいのですけどね。

さくらの唄(上) (講談社漫画文庫) さくらの唄(上) (講談社BOX)

『傷追い人』(小池一夫&池上遼一)

『ビックコミックスピリッツ』連載。宮城で有害指定。あと同じコンビの『BROTHERS』も同じく宮城で指定(3/30修正。『BROTHERS』の作画は叶精作氏でした。原作は同じ小池一夫氏)。

小池一夫&池上遼一コンビといえば『クライング フリーマン』もそうなのでわかる人にはわかるでしょうが、劇画のハードコア&エロ作品なのですよね。つまり作風としてエロがあると。でも劇画エロなので、そんな青少年が欲情? って感じでもないと思うのですが。ただ、これも規制されてしまいました。
この基準でいくと、劇画エロもアウト、となりかねないという危惧が強いのです。

Cryingフリーマン 1 (ビッグコミックス)傷追い人 第3巻 (キングシリーズ 漫画スーパーワイド)

後編に続きます。

20年前の有害コミック騒動で有害指定された実例から範囲拡大の危険性を考える(後編)
さて、前回の続きです。前編を読んでいない方は是非そちらからお読みください。
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