個人ニュースサイトは情報を拾うよりも情報を捨てることのほうが重要になってきたのかもしれないという話

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ちょっと前ですが、このようなものが話題となっていました。

■個人ニュースサイトの作り方 – 簡単に作れる個人ニュースサイト ※リンク切れ

これ、別に『個人ニュースサイト(の形)を作る』のだったらおかしくないと思うのですよ。ただ、ブコメで散々言われているように、これだけで『(誰もが見てくれる)個人ニュースサイトを作る』とはならないでしょう。そのひとつが「情報の集め方」だと思われます。

個人ニュースサイトで重要なのは、やはりその紹介するニュースでしょう。そして、それを集めてくる方法というのは、料理における秘伝のタレのごとく、そのニュースサイトの特色となり、それが人気に繋がる可能性は高いと思われます。故に、個人ニュースサイトの人がどんなところから、どのように情報を集めているのかというのがわかると面白いと思うのですけどね。

■参考

しかし、私が思うに現在の個人ニュースサイトは、このように「情報を拾い集める」ことよりもさらに重要なことがあると思います。それは「情報を捨てる」こと。「捨てる」という言葉に違和感を覚えるのならば「情報を取捨選択すること」と言い換えればよいでしょうか。

10年前のネットがまだ普及していない時代から個人ニュースサイトは存在しました。代表的なのは『俺ニュース』ですね。で、この当時個人ニュースサイトに人気が集中したのは、ニュースが大量に集まっているから、というのがありました。当時はまだソーシャルブックマークもRSSリーダーもない時代(やっとアンテナがあったくらい)であり、あちこちから情報を集めるというのがかなり大変だったのですよね。さらに、今に比べたらインターネットという世界も小さく、ニュースを提供してくれるソース元も限られていました。その限られたニュースのソースを探し出してきて、まとめて読めるというところに個人ニュースサイトの大きな価値があったと思われます(勿論コメントの面白さなどその他の要素も含みますが)。

しかし現在、インターネットの世界は普及し、ニュースはあらゆるところ、例えばソーシャルブックマークやRSSで配信してくるデータで大量に取得することが出来ます。今ならTwitterでの配信というものもあるでしょうか。つまり、「情報を取得する」という面においては、それらを駆使した方が大量に集めることが可能でしょう。ちなみにこんなところから「ニュースサイト不要論」みたいなものが時々出てくるのではないかと。つまり、誰でも情報を集めることは出来るのです。

ですが、その「情報」を利用するのは人間です。大量の情報を集めても、それを処理できなければ意味がありません。RSSリーダーで未読のまま読まれないものはその個人においては「情報」にならないとも言えるでしょう。

しかし、個人ニュースサイトでは、その大量に集めた情報を全部紹介しているサイトはまずないでしょう。それを必ず取捨選択しているはずです。そう、そこで大量に集めた情報を選び、いらないものを捨てて、有用なものだけを選択している。そして厳選して集めたデータを個人が取得してもものになる「情報」たり得るようにしていると。そこが現代における個人ニュースサイトの一番の価値だと思うわけです。そしてその「選び方」においてその管理人ごとの個性が出て、人気に繋がると。あと、人気があるニュースサイトって読みやすいのですよね。初心者にはニュースを無秩序に羅列してあるように見えるかもしれないカトゆー家断絶さんですが、実は読み慣れた人には1日の更新の中で見えないジャンルごとの線が何カ所か引かれているとわかるのではないかと。

しかしこの「取捨選択」は、ネットのみならず、すでに既存の媒体、マスコミなどでも行われています。つまり世の中にある膨大な情報の中からテレビの限られた時間、新聞の限られた紙面でどの情報を伝えるかという「選択」を行っているわけですね。そこに各媒体の個性が表われると。まあ悪い方で言えば「伝える事実を選択している」とも言えるわけですが。

そう考えると、情報の量が整ってきたネット上では、個人ニュースサイトの性質はある意味においては既存媒体に近くなってきている面があるのかもしれない、なんてことも思います。

そんなわけで、役目は微妙に変遷しつつ、個人ニュースサイトはこれからも在り続けるのではないかと思うわけです。

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