ネットにおける実名と匿名の間にあるものについて考えてみる

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一時期盛り上がっていた「ネット実名」についての論議。

ネット上でも実名で表現を:勝間和代のクロストーク – 毎日jp(毎日新聞)

これ、ネットを毎日見ていると、1年に1〜2回くらい出てくる議論ですよね。その度に実名でのデメリットが反論として出てきて、そのうち有耶無耶になるという感じで。

私も韓国で行われているみたいな実名の制度化、つまり強制には反対です(それが一部であれ、その範囲が最初に言われていた主旨とずれだしてあとで少しずつ拡大するというのはよくあるケースなので。あの法とか)。

■参考:ネットの誹謗中傷対策、韓国では実名制導入へ : ネット&デジタル : YOMIURI PCから : YOMIURI ONLINE(読売新聞) ※リンク切れ

ただ、そのような絶対的な制約を受けず、自分で実名を名乗る分には全然構わないと思います(でも最初のリンク先、その論議なのに、参加に実名を求めているのは違うような)。
ちなみに実名を出すことのデメリットはよく言われますが、リターンは何があるのかというとその発言に対する「信用」だと思うのですよね。つまり、実名を出すことにより発言に対して逃げることが出来なくなり、その発言への責任を伴うことになりますが、その分そういったリスクを冒して書いたことによる「その名前への信用」というリターンが生まれると。逆に言えば匿名はそういった「信用」が薄いという感じ。もちろんどちらの場合もその発言内容を判断して信頼できるかどうかを判断することが一番大切ですが、同じものならやはり匿名よりは出所がきちんとしているもののほうが信用の度合いは高いのではないかと。まあ責任と信用の関係というのは、現実社会と同じようなものですね。そして実名推奨の意見も、これら「責任」を伴うことにより「信用」をメリットとして出されていることが多いでしょう(一部、監視国家に類する思想的に書かれているものもありますが)。

ただ、昔から思っているのですが、この実名と匿名の問題を考える場合、その中間の選択肢は何故あまり語られないのか、と思うことがあります。それは実名に近い匿名。わかりやすく言い換えれば、その発言者が本人だと証明することが出来る、「一意的」なハンドルネームのようなもの(ちなみに「一意性」という言葉は、私が昔RDBをやっててそこから「一意キー」って言葉を使ってたのでここで利用してます)。

実名での発言には何故信用が出来るのかというより、何故匿名の意見は信用出来ないのかというと、匿名が「複数存在する事が出来る」からではないかと。つまりある意見を言って、立場が悪くなった場合そこから逃げることが出来るし、嘘を言っても逃げることが出来ると。つまりこの一意性を確保できないが故に、責任はない、しかし見る人、読む人にとってはそれは信用も累積されないということになるのではないかと。それに対し実名は前述のように一意的であり、責任は伴いますが、その信用は累積されることとなります。なら、実名ではない仮の名前、すなわちハンドルネームなりペンネームに一意性に持たせられたらどうか、ということ。

上ではなんだか複雑に書いていますが、ぶっちゃけ「マンガ家とか小説家のペンネームみたいに、実名とほぼ似たような感じのひとつの名前を使えないか」ということです。ネット上でもハンドルネームの方が実名より通りのいい人はたくさんいますよね。そしてそれらの人はブログを持っていてそこでの発言が信用を得ている面があるのではないかと。当然それに反対する立場の人もいるでしょうが、その反対という意見もある意味信用のひとつなのではないかと。で、ゲームでひとつのキャラを使い込むようにその名前で発言することでことで、そのレベルを上げてゆくという感じ。それでももちろん匿名は使い続けることが出来ます。しかしレベルが低い発言は、その信用度が下がると。

ただ、今までだと発言するものを持っている、知名度のある人(例えば小説家やマンガ家、アルファブロガーなど)じゃないとそういうものを手に入れることはできませんでしたが、それを特に発表媒体を持っていない人にも付与できないかということ。そしてそういった人にも信用を与えられれば、結果として信用出来ない人の優先度は下がるのではないかと。こうすれば、実名を出すので実生活にリスクがある人も、匿名ではない信用を持てる発言が出来るのではないかと。ちなみに下はリスクの例。

■参考:私はブログで会社をクビになりました。:コラム – CNET Japan

つか正直、実名を出すのはその他媒体、すなわちテレビや雑誌などですでに実名を出している人にはリターンがありますが、全く無名な人はリターンよりもリスクの方が大きいと思うのですよね(特に会社勤めの人は)。

ちなみにひとつの掲示板の中でなら、似たようなことが行われているところがあります。それは理系掲示板の老舗スラッシュドット。

スラッシュドット・ジャパン: アレゲなニュースと雑談サイト

ここは匿名でもIDでも書き込みできますが、「モデレート」というシステムでその発言の重要度評価がなされます。さらにユーザーのコメントを抽出することも出来ます。こういったシステムもひとつの方法ではないかと。

しかし、ネット全体でこの「一意的なハンドルネーム」ここで大きな問題があります。それは「誰が(どこが)その本人の一意性を証明するか」ということ。たとえば実名が一意的だと証明するためのものは戸籍やら免許証などがあります。これは国がその本人が本人のみであるという証明をしているのですよね。しかも偽造すると犯罪となると。ですからあらゆる登録をするときに信頼があると(ちなみにそれが複数作れるという信用の薄い国もありますけど)。なら、ネット上ではその一意性を誰が証明するかというのが大きな問題となります。一番信用出来るのは国ですが、そうするとそのまま先述の韓国のようにそれが義務制になり、匿名の使いわけが出来なくなるのではないか、という危惧をどうしても覚えてしまうのですよね。それでは本末転倒です。ならどこかのWebサービスか、という話になりますが、これもそのWebサービスがどれだけ信用出来るか、ということになります。しかしネット上ではそこまで強いものはありません。mixiは携帯番号で一意性を証明させますが、これも携帯電話を二台持っていればそれが崩れます。ちなみに大昔、プロバイダメールしかなかった時代はメールアドレスがそうだった時もありますが、これも今では無意味ですね。

おまけにたとえその一意性がとある会社で出来たとしても、その会社をみんなが信用出来なければ意味がありません。例えばはてなが何か一意的な証明をするシステムを作ったとしても、はてなを信用出来ない人ならそれはあてにならないと。というか、現代のWebサービスはもともとその難しさから一意性を諦めているのではと思ったりします。先程のスラッシュドットもやろうと思えば複数アカウントもとれますし。

なので正直、完全な一意的ハンドルネームっていうのは難しいでしょう。ただ、国勢調査をするわけでもないのにそこまで強い一意性は必要ないのかも、とも思います。せいぜい携帯電話番号か、クレジット番号程度でいいような。なんというか、「どうやら自作自演っぽくないな」程度の、いってみれば私の「中杜カズサ」って名前とはてなIDのnakakzsくらいのものでもよいのかと。実際、スラッシュドットもそこまで一意性を疑っている人はいないような気もしますし。

ちなみにはてなはひとりにつき3つのアカウントが使えますが、これは一つを変更することで、ほぼ無限のIDを作ることが出来ます。つまり荒らして次のIDに移るみたいなことも出来るわけですね。これがはてなIDの一意性を下げていると思います。何もこれをなくせ、というのではありませんが、はてなダイアリーやブクマプラスあたりのサービスで、有料をひとつの確認キーとして一意的なIDってのも作るといろいろ面白いと思うのですけどね。遊び程度には。

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