これからのネット初心者は自分たちがそうだった頃より恵まれていないのかもしれない

私がインターネットに初めて繋いだのは、1996〜1997年の頃。日本のインターネット黎明期から発展期に移り変わるあたりですね。はじめて買ったWin95搭載機はHDDの容量が3G程度、ペンティアム初代というもので、ネットも当然ダイアルアップ。ガーガーピーピーいう独特の音にドキドキしながらネットに繋いだものです。そしてURLを紙媒体で見つけては打ち込んで、ゲームメーカーなどのホームページに行っていたものです。そこで掲示板というものの存在を知って、やがてそこからセガBBSなるもっと大きい掲示板の存在を知り、さらにそこや他の所からの情報を得てだんだんと世界が拡大していったという感じです。ただ逆に言えば、今と比べるとほとんどどこに行けば何があるって情報がなさすぎたのですよね。ちなみにいろいろな無料の便利なソフトが置いてある「窓の杜」の存在を知ったのも、ネットを始めてからかなり経ってからでした。

こんな感じで私のネットライフがスタートしてから、いつのまにか10年以上が経っています。そら歳取るわけだ。まあそれはともかく、私は日本でのネットの発展期と共にこういった経験をしてきたわけで、それは貴重な経験だったと思うわけです。

■関連:現在のネットにおけるコアユーザーは、非常に微妙な時期にいるのではないかと思う話 – 空気を読まない中杜カズサ

そして、貴重な体験だったと同時に、この時期にネット初心者時代を過ごしたからよかったということがあるのです。というのは、ネット上でいろいろなことを学ぶ時間や余裕があったこと。

この時代というのはネットという場の中に用意されているものが今と比べてほとんどなかったのですよね。Googleは影も形もなく、検索エンジンといえばYahooのカテゴリ検索で、それに登録されるために何度も申請したりしていた人がいました。またロボット型といえばinfoseekでしたが、余計なものまでたくさん出てきて精度が低い、そんな時代でした。またブログもなく、ホームページは自緒シティーで開設して手動でアップロード。さらにコミュニティーサイトといえば各地の掲示板、大きくてセガBBSやあめぞうクラスであり、2ちゃんねるやmixiのような大勢が集まるところというのはほとんどないようなものでした。

この時代は、今からするとアングラが跋扈して混沌としていたように言う人もいます。それはウソではなくて実際そうなのですが、実はそういったところには行こうと思わなければたどり着かないようにはなっていたのですよね。せいぜい意味不明なURL踏むとブラクラ喰らうとかIP抜かれる程度で(まあ例外はもちろんありますけど)。そして何より、犯罪の絶対数が少なかったのですよ。そりゃある意味当然です。だって犯罪行為でひっかけようとする対象者、すなわちネット利用者自体が多くなかったのですから。なんというか犯罪と言われるものもどっちかというと、犯罪による利益を目的とする人じゃなくて、自分の技術を試す愉快犯的な人、それこそパソ通時代からいたような人が多かったように思えます。

つまり、危ないゾーンと初心者が利用するようなゾーンが分化していて、初心者はそういった「アングラ」と言われたゾーンには入らないように出来たのですよね。ちなみにこのアングラの定義は広く、2ちゃんねるや悪徳商法?マニアックスのような。現実社会ではなかなか書かれない書き込みがある程度のところでもアングラ扱いされていました。そしてアングラ方面でも、著作権違反とか不正アクセス禁止法違反はともかく、現実的に被害を受けることはそんなには多くなかったと。そして自分とかはそういった初心者の安全なゾーンでネットのいろいろなことを学び、いろいろ危険な存在があるということも利用しているうちに知り、それについての対策も学びました。まあ実際にブラクラとか踏むことはありましたけど、それでも現実的に金銭、身体に影響するような実害を被ることはありませんでした。

それで思ったのですが、はたして私が今、同じように初心者としてネットを始めた場合、同じような経験を積めるのかということ。いや、おそらく全く同じとはいかないでしょう。というのは現代ではあまりにもネットの人口、それにコンテンツが増えすぎてしまっているため。それはたしかにやることが多く、そしてそれぞれの方向性も定まっているため、間口が広いということではあるでしょう。しかし同時に、初心者用のゾーンが用意されていないようにも思うのです。

さきほど書いたことに照らし合わせますと、ネットの一般化に伴って利用者が増えたこと。そしてそれと同時に悪意まで混入してしまったこと。昔も一定の比率で悪意を持つ人はいましたが、100人のうちの1人と10000人のうちの100人が比率では同じでも絶対数が100倍に増えているように、その悪意に遭遇する機会も多くなってしまったと。しかも現代では技術の発展に伴って、その犯罪の方法もリアルで金銭に被害を受けるものや、実害を受けるものが起こっています。しかし、現代ではかつてアングラと言われた2ちゃんが一般化してしまったように、人とコンテンツの増加で危険度を伴うゾーンと安全なゾーンが混じり合ってしまい、初心者でも危険にさらされる可能性が増えてしまったのではないかと。そう考えると、10年前より今は初心者にとってはネットを学ぶにあたって優しくない環境ではないか、とも思えるのです。これは世代の差(ゆとり教育のなんとかみたいなの)ではなく、その時点での初心者全員において。

もちろん、この状況でもちゃんとネット上で警戒することやリテラシーを身につける人は大勢います。しかしいきなりここに飛び込まさせられて、何らかの被害に遭う、もしくは被害を与えてしまう人はいるのではないかと。mixiなどにおける炎上も、そういったことを防止するために学ぶ期間がなく、多くに広まってしまう媒体だけがあってそうなってしまったという可能性があります。ネット的に言えばネトゲを始めてやり方も何もわからない人がチュートリアルを経ずに狩り場に放り出されたような感じとか。で、うまく様子を見て馴染む人もいれば、そう出来ない人もいると。

それでも今までは悪例の法が一部ですからまだよいでしょう。しかしこれから、生まれたときからネットがあった世代が入ってきた時に、今のネット環境に放り込まれても大丈夫か、と思うことはあります。ですから、たしかに自分たちの時とは違って、子供がネットに触れる際に何らかの教育をさせるとかチュートリアルみたいなことが出来る場所はたしかに必要と思うのですよね。しかし、何故かこの手の議論になると青少年だけではなくて、ネット全体を規制しようとする極端な流れに繋がるような動きが見られるので、結果としてこういった青少年へのネット対策にも反対せざるを得なくなるという嫌な状況が続いているように思えます。その結果本来の目的は置き去りにされるという児ポ法案と同じような感じ。

もしかしたら、これは自分たちがあの時代に育ったからそう見えるエゴ的なものかもしれません。今の時代は今の時代なりに初心者に優しいのかもしれませんが、すでに初心者ではない私にはわかりにくいところですし、上のように見えてしまうのです。それが勘違いなら一番いいのですけどね。

でもなんだか規模が大きくなることにおいて問題が生じるってことはネットに限らず、携帯電話とかコミケとかいろいろあるように思えます。おそらくテレビなども昔許容されていたのに、国民の殆どが見られるようになって生じた問題(表現問題とかそれが本当に問題なのかはケースバイケースですが)ってのはあるでしょうね。そしてネットも。しかしネットの拡大を止めることは出来ません。その時代時代に合わせてどう対処していくかが重要なのでしょう。

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