あとで読むためのソーシャルブックマークは必ずしも読む必要がないという話

なんとか4月半ばからの多忙に区切りがついて、ここから元通り更新できそう……と書くとまたそうじゃない状況に置かれる可能性が高いので、書かないことにしておきます。

さて、ブログを更新していない時も、合間にTwitter、そしてはてなブックマークはちょくちょくやっていたのですが、そこで思ったことでも。


はてブに限らず、ソーシャルブックマークの使い方というのは、Web上の気になったニュースなどを文字通りブックマークするためのものですが、これの使い方としては、「読んだ後のもの」をブクマする場合と「読む前のもの」をブクマする場合の二種類があると思われます。つまり、読んでその記事が気に入った等、クリッピングしておく必要があると感じたときにブクマをするものと、まだ読んではいないけど、見出しなどで惹かれたからクリッピングしたもの。そして後者には「あとで読む」といったタグがつけられることがありますね。

さて、この「あとで読む(見る、聴く)」という行動、ネットに限らずあらゆるメディアで存在するものであり、そしてそのためのツール(文字通り道具)というのも多く存在してきました。一番わかりやすいのはテレビに対するビデオ録画ですね。他にもラジオなら録音とかですね。それとはちょっとだけニュアンスがずれるかもしれませんが、積ん読や積みゲー、積みDVDなんてのも、「とりあえず媒確保だけしておいてあとで読む(見る、聴く)」という意味では非常に似ているものかもしれません。

このようなスタイルの需要は昔からあるもので、ネット上でもそれに適したソーシャルブックマークというものが生まれたのは必然と言えるでしょう(まあ先にソーシャルブックマークありきで、後からその役目が与えられたとも言えるかもしれませんが)。


で、それで思い出したのですが、だいぶ前にこんなエントリーを書きました(このブログではない、前身のブログ時代のものです)。

空気を読まないブログ 録画したビデオは、見るためのものではないという考え方

ここでは、島本和彦氏のマンガ『ワンダービット』の一エピソードから、ビデオの録画というのは「見るために撮る」というよりは、「いつでも見られるという安心感を得るために撮る」側面の方が強く、見るかどうかは2の次ではないかということを書きました。そして、そのとっておいたものを見ることは、逆に時間の浪費に繋がる可能性もあるのではないかと。

つまりこれと同じことがソーシャルブックマークにも言えるのではないかと思うのです。つまり「あとで読む」ためのブックマークというのは、それをブックマークして、いつでも取り出せるところに置いておくというのが重要であり、それを読むかどうかと言うのは二の次ではないかと。言ってみれば「あとで読む」という目的でブックマークしたものは、そこですでにブックマークとしては役目が終わっていると。(もちろん一度観るために録画したものをずっととっておくことがあるように、そこから溜めておくためのブックマークへと変わることはあるでしょうが)。もっと言えば、無理に読もうとするとかえってその分時間のロスとなり、それは新しく、有益な情報を入手するための阻害となる可能性もあるかもしれません。

つまり、「あとで読む」という意図でなされたブックマークは、実は無理して読む必要はないのではないかと。そして実際にそのままスルーしている人も多いのではないでしょうか。となると、多くのブックマークがされているものが、必ずしもそれよりブックマーク数の少ないものより実際に読まれているとは限りませんね。ブックマークの数というのは、そういったゆらぎのようなものがあるような気がします。

ちなみに、自分はあまりブックマークで「あとで読む」をつけません。というのはあとで読むようなものは実は時間をかけてまで読むモノではないと思っているので。ですのでタブブラウザに開けっぱなしにしておいて、そのうちフェードアウトするように消えます(忙しいときはそれを選ぶ暇もなくて、タブがどんどん溜まってFirefoxが激重になるというアフォなこともやりますが)。そしてフェードアウトしたものは、自分の中で優先順位が低かったということで切り捨てているという感じ。

現代においては、明らかに情報過多であり、個人の消費しうる情報の量をはるかに超えています。RSSリーダーに登録したのはいいものの、未読がかなり溜まっている人っていうのも結構いるのではないでしょうか。私がそうだし。そういった状況でいらないものを割り切るための方法として、ソーシャルブックマークを使うというのもアリではないでしょうか(それが意識してか無意識かは問わず)。


ちなみにはてブの場合は、単なるクリッピング目的だけではなくコメントなどをするためのブクマというものがあり、独自の文化?らしきものが存在するのですが、その話は非常に長くなりそうなのでまた日を改めて。