空中の杜

旧名「空気を読まない中杜カズサ」。

草食系男子という言葉の違和感と恋愛マーケティングの衰退

なんか最近使われているらしい「草食系男子」という言葉。厳密な定義はないみたいですが(これらの言葉はもともとつけられた言葉から変化していくというのはよくあるので。勝ち組&負け組とか)、まあ何となく言われているのは、恋愛にガツガツしていない男、という意味でしょうか。

■参考:草食系男子 - Wikipedia

しかし、この言葉に最初から違和感を抱いていました。何故か。それはそもそもここで言われている様な恋愛は、食べなければ生きてゆくことの出来ない食料なのかということ。つまり、恋愛及びそれにまつわる活動というのは趣味(趣味ともちょっと違うだろうけど)のひとつではなく、食べるのと同じように必ず常時していなければいけないというような価値観であるのか、ということ。

恋愛の必要度はそれは人により違うでしょうが、全員が全員そうではないでしょう。ただ、マーケット的にはこの「恋愛をすること」というのが、M1、F1層(20-34歳の男女)には大前提として今も尚あるように思えるのです。すなわち、この年代の男女は恋人を作って、そしてデートなりで金を使うのが当たり前だというような感じ。実際、この年代に向けた雑誌などメディアの多くは出会いの方法からデートコース、旅行、結婚などといったキーワードに代表される、恋人同士でのつきあい方多用されてきた感があります。

さて、何故か。それはこの年代で恋愛をする人が多かったからその手のマーケットが拡大したのか、それともそのマーケット主導で恋愛をして、そこに金を費やすようにされてきたのかはわかりませんが、ともあれこの年代は、恋愛行動するのが当たり前、という価値観があったと思われます。おそらくは大昔からその傾向は部分的にはあったと思われますが、80年代後半のバブル時代にそれがさも当たり前の様にされてしまった、という様に思えます。おそらくクリスマスに彼氏彼女と一緒にホテルに泊まらなきゃいけないみたいな価値観が出てきたのも、その頃ではないかと思われます。

しかしながら、現在の景気でその時代と同じことが出来る人がどのくらいいるでしょうか。そんなことに費やしていたら、個人の生活がままならなく人のほうが多いでしょう。つまり費用的なコストが不足していると。いや、もし金が足りていたとしても、自分の趣味と照らし合わせてそこまで費用的、時間的コストをかける必要はあるのか、という疑問が出ている人が多くなっているのではないかと。いや、本当に好きな相手がいたらそりゃいろいろするでしょうが、そうでもなければ無理に行動する必要はないという感じ。これは人間嫌いとかではなく、無理して恋愛するなら、男女どちらでも友達と遊んだり、オフ会とか趣味の寄り合いに出たほうがいいとか。つまり、趣味が多岐にわたってしまったため、無理に恋愛系のものに費やす必要がないと感じる人が多くなってしまったのではないでしょうか。

にもかかわらず、この手の恋愛系マーケティングは、バブルの頃にマーケットでアピールされていた様な価値観をまだM1、F1層の多くが持っているという想定のまま成されてしまっているのではないかと。なんというか「常時恋人がいなきゃダメ」みたいな価値観が半ば押しつけられている様に思うのですよね。まあたしかに自分だけだと出費を惜しむけど、他人、特に異性が絡むと財布の紐が緩くなるってのは大昔からあった傾向ですしね。しかし実態は社会の変化に伴い価値観が変わり、恋愛を無理にすることはなく自分のペースですればいいと気づいた人がそのように行動し始めたと。そこで「草食系」と言われる様になったけど、別にその人にとっては自分の思う通りに動いているだけだと。まあもちろん草食系男子の定義とされているように「要は、勇気が(ry」という人もいるかもしれませんが、そういう人ばかりではないと。

ちなみにこれは「草食系男子」ということで男ばかりがクローズアップされていますが、女性にも言えることではないかと。つまり、まあ気の合う人がいればいいけど、そこまで熱心ではないという感じ。まあ私は男性なのでそっちはよくわかりませんが、女は全て恋愛に生きているとかいう考えなのはステレオタイプすぎるかなと。つまり「草食系男子」ってのは、あくまで一部から見た見方で言われているものでしかないのかなと。


しかしこういったことは「何故車を買わないか」という話に似ていると思います。

J-CASTニュース : 国内で車売れない危機打開策 トヨタ本気でアイデア募集

最近車を買う人が減っているということですが、これは何も金がない人が増えたということばかりではないでしょう。ただ車を買うと維持費(保険や駐車場代)がかかりますし、清掃もしなくてはいけません。つまり金銭と時間の両方の面でコストがかかるわけです。となると都市部でインドア系の人や、電車で足りてしまう都市部の人は買わないと(ちなみに東京の駐車場代はわりと高い)。もしかしたら昔なら「車を持っていないとモテない」みたいな風潮があったのかもしれませんが、今はたとえそんなものでモテなくてもかまわないと思う人が増えたと。
まあ車があったらあったで便利だろうし、趣味の幅が増えて楽しいのかもしれませんが、まず、そこまでたどり着いていないという感じ。なのでM1層に車を売りたいなら「車の楽しさ」をアピールすることでしょうね。


ただ、思うのは最近になってこういった恋愛毎に積極的でない人が生まれたのではなく、昔から淡々としている人はわりといたと思います。それはただ、マーケット的にはそういった金を落とさない人は黙殺されてきたのかなと。そして恋愛に積極的な人だけが時代の中心的扱いを受けてきたのかと。つまりM1、F1層は「恋愛マーケット」とでも言うべきものが、消費の核にされていたのかなと。そしてM2、F2層、すなわち35歳以上の層になると、その「恋愛マーケット」が「家庭マーケット」に形を変えていたのでしょう。つまりM1、F1時代は恋愛で消費(デートなど二人での娯楽、あと結婚式も含むかな)、そしてM2、F2時代は家庭で消費(子供へかけるお金)という感じで繋がっていたのかなと思えます。ただ、現代は必ずしもこのパターンに沿っていないのは、上で書いてきたことや今の社会状況を見るに明らかですね。そう考えると、従来のM1、M2、F1、F2といった従来のマーケティングで使われてきた区分けも、昔より意味合いがだいぶ薄くなってきているのかもしれないなんてことを思ったりします。

ただ、現在まだM1層の私からすれば、今のほうが正常だと言えるのではないかと思ったりもするのです。人間の価値なんて様々なのに、現在彼女を作ることに興味ないとか言うと同性愛とか特殊性癖扱いされる社会のほうが変だと思ったりするのですが。恋愛なんて好きなときにするものだろうし。それにより人間関係の構築が云々という人がいますが、それはまた別の話の様な気がするのですが。交際経験がほとんど、もしくは全くなくても、男性、女性両方と平然と話している人はわりといますしね。まあ結婚前提とかだったらまた話は変わってくるでしょうが。

まあそんなことをマーケットから見れば草食系男子にもなり得なさそうな非モテは言っている、とあるゾーンには受け止められるなあと思いつつ今日はこれまで。


◆おまけ
そういえばネットでよく言われる「非モテ」ですが、この中には上記コストの問題からモテ行為をあえて起こさない人もいるのかもしれないと思った。まあどっちにしても非モテには変わりないですが。