空中の杜

旧名「空気を読まない中杜カズサ」。

現代の東方等の盛り上がりは、昔のLeaf・Keyの盛り上がりの要素を含んでいるか

さて、本日は東方Projectオンリーの同人誌即売会、例大祭だったようです。しかしオンリーでビックサイト東3ホールとは、かなり大きなイベントになりましたね。コミケ以外でのこの規模は「コミックレヴォリューション」くらいでしょうか。

さて、こういった盛り上がりを見ていると、同人参加時代が5年以上前だったオッサンとしてはあるものを思い出します。それは2000年前後のLeafとKeyのPCギャルゲーが同人でブームになった時代。この頃はこれらの同人の勢いもすごくて、毎週のように関連のオンリーイベントが開かれたり、コミケを初めとしてコミックレヴォリューションやサンクリといったイベントでも、そのジャンルでかなりのスペースを占めるくらいの勢力でした。

さて、この勢いは同人だけではなく、まだ発展段階だったネット上で、かなり大きな存在となっていました。それについては以前、かなり書きましたね。

Leaf・Keyのゲームがインターネット上で盛り上がりを見せた奇跡的な時代 - 空気を読まない中杜カズサ

さて、ここで考えてみると、同じように東方Projectの二次創作もネット上で盛り上がっています。とりわけニコニコ動画やpixivでは連日作品が作られていますよね。いや、東方だけではありません。THE IDOLM@STER、初音ミクなどもそうでしょう。

さて、この盛り上がりを見て見ると、ひとつのことを思いつきます。それは今の東方などのブームは、Leaf・Keyブームの延長線上にあるものなのかということ。たしかに両者とも同人とネットでかなりの創作が生まれているという点では同じです。しかし、一応両者を知っている人間としては同じ流れと言われると、違和感を覚えてしまいます。なんというか、ところどころ盛り上がり方が違うような気がするので。そこで、2者の文化、とりわけネットを大ざっぱに比較してみようと思います。


まず、Leaf・Key作品側の二次創作は、イラスト、SS、midiなどですかね。あとBMS、各種スキン(winampなど)、DNMLなんてのもありました。しまいにはアプリ名がそのまま作品と関係するものも出てきましたね(『詩子さん』『なぞぢゃむ』等)。そしてこういうのの各公開サイトがありました。
それに対して、現在東方などで盛り上がっているのはニコニコ動画がメインとしてあり、そしてイラストがpixivなどで公開されているいう感じでしょうか。あともちろん初音ミクのDTMもありますね。

さて、これらを比較してみると全然違う気がしますが、実はかなり似ているのではないかと思うのです。つまりは、イラストはそのままpixivとして公開場所が変わっただけというのはわかりやすいですし、そのほかのものも実は要素的には同じで、ただ公開場所が変わっているだけではないかと。

以前、このようなものを書きました。

Flashの文化はニコニコ動画に駆逐されたのではなく、ニコニコに内包されているのではないかと思う話 - 空気を読まない中杜カズサ

これはつまり、かつて隆盛を誇っていたFlashはなくなったのではなく、その制作され得たものは技術と表現の場を変えただけで、ニコニコ動画の中に内包されているのではないかと。そして、同じことが東方とLeaf・Keyブームのところにも言えるのではないかと。すなわちかつてのmidi、BMS、DNMLなんかの創作的要素は、そのままニコニコ動画でまとめられているのではないかと。SSにおいても現代では減った用に思われますが、考えてみると「オリジナルの話を作る」という要素はニコニコ動画の作品群のなかにあるのではないかと思えるのですよね。

つまりは、その時代で出来る最適のものがこのような創作に応用されていて、軸となっているのではないかと。大昔はMADなんてのは作るのも困難な上、素材も少なく、あっても著作権的にかなり濃いめのグレー的なものが多かった為に数も少なく、あっても面に出にくかった面があります。しかし現在は環境も素材も増え、ある程度は許容され得るようになったため、その数も増えてきたのだと考えられます。

そして何より大きく変わったのは、統合的な発表の場やコミュニティサイトが出来たことではないかと。つまりはそれがニコニコ動画なりpixivなりmixiといったSNS、そしてブログではないかと。コミュニケーション面なら、昔ならオフィシャル掲示板や個別のファンサイトが果たしていたものを、それらがさらに人を集めて、担っているのではないかと思えるのです(ニコニコ動画がすごいのは、その作品発表の場とコミュニティサイトを一緒にしてしまったことでしょうね)。ついでに言えば、昔存在した掲示板やIRCとかも、その手のSNSやブログが役割を担っていると言えます。


ただ、こう考えると個人の作品に対しての取り組み方自体は変化はそんなないのではと思えるのですよね。実際ニコニコやpixivを使っている人でもホームページやブログといったものは今でもいくらでも新しく作られ、そこでは作品が同じように発表されていますし。となると、楽しむ対象とその場所が違っても、作品に対してのファンとしての意識にそんな大きな差異はないのではないかとも思えるのです。

昔LeafやKeyのブームを目の当たりにした人は、今、それを楽しんでいるネット歴が自分よりも若い人達を見て、何か受け取っているものは共通するものがあるかもしれないなとか思うと、親近感が沸いてくるのではないかと。まあ確かに痛い人も中にはいて、そういう人が目立ってしまったりするものですが、そういう人は昔もいたものですしね。「近頃の若い者は」とか「だから●●厨は」的な思想で切り捨てるのではなく、その雑多に見える中から何が生まれ、どう発展するのかを考えるのもおもしろいかと。