同窓会はこれからなくなってゆくのではないかと思う話

とあるマンガを読んでいて、同窓会ネタというのがありました。まあこれはよくあるものなので別にいいのですが、思い返してみると自分、ここ10年くらい同窓会といわれるものに参加していないのですよね。というか、連絡もきていなければ、行われたという話も聞かない。単純に私(だけ)が呼ばれていないということも考えましたが、それにしては普段からよく会っている同じ小学校の数人でもその手の話題はナシ。そもそも私の行っていた小学校というのはやけに一軒家が多く、あまり子供がいない地域だけどここにないととなりの小学校の学区が広すぎということで作られたもので、且つ私の時代からは都市部の過疎化現象も相まって、1学年で40人のクラスが2つで、80人程度しかいなかったのですよね。で、男子40人のうち、半分くらいには連絡をつけようと思えばつきますし、そのうちさらに半分の10名には頻繁に連絡を取り合って、麻雀の誘いもよく来ます。中学校では全体の人数も増えましたが、一応連絡の取れる人は前述の友人に加えてさらにいますし、そこからも同窓会があったことは聞きません。

ま、この全員が隔離されていると考えることもできなくはないですが、そこまで欠けるとすでに「同窓会」としては成立しないと思うのですよね。単純に昔の仲間の集まりというか。あ、でももしかしたら私だけ意図的に隠されている可能性もありますが、まあそれはない……ええと、たぶん(一応義理でもハガキぐらいは寄越すでしょうし)……と思いつつ考えてみると、やはり同窓会が行われていない可能性は高いのですよね。そしてそれは様々な社会環境などの変化により、その必要性が薄くなっているのはと思ったのです。それについてちょっと書いてゆこうと思います。

まず、同窓会、ここでは同じ学校を卒業した人が集まるもののメリットとデメリットについて思いついたことを羅列します。

■同窓会のメリット

  • 過去の同窓生と会える(場合によっては教師含む)
  • 消息がわからなかった人と連絡がつく
  • 新しい人脈(男女関係、仕事関係)につながるかもしれない
  • 過去のわだかまりを修復できるかもしれない

■同窓会のデメリット

  • 人の変貌を見る可能性がある(性格、容姿含め) ※自慢話を聞かされるなども含む。
  • 年のうつりかわりを嫌でも実感させられる
  • 嫌な奴とも会わなければいけない
  • コンプレックスを抱く恐れがある
  • めんどくさい、金がかかる。

作品系ではドラマがありそうですが、現実はこのようにメリットばかりではないと思われます。まあ歳をとればそのデメリットも「よき思い出」となり吸収されるのかもしれませんが、ちょっとその域に到達するには早すぎるので(つか、歳でどうこうって問題でもないような気がするけど)。

特にこの中で注目なのは「会いたい人には会いたいけど、会いたくない人もいる」という点。とはいえ、子供時代とは大きく変わっている可能性もありますし、嫌いな人でもそれを修正するいい機会にもなります(実際、現在の仲間も学生時代はそれほど接触がなかった人もいるし)。しかし全く逆もありえるのです。つまり当時は仲も自分にとっての性格もよかったのに、変遷してしまった人がいると。中には「あの、すばらしい愛をもう一度」みたいな感じの展開を期待している人もいるかもしれませんが、たいていの場合期待は裏切られそうです。私はマンガやアニメでの幼なじみものは好きですが、現実にそんなもの求めるつもりはないですし(あ、でも風の噂で当時の同級生同士が結婚したって話は聞いた)。まあ容姿は人間だし、自分も人のことは言えないのでいいとして、性格が悪くなっていると(たとえば現実の社会的立場を持ち出して優越感に浸るとか)過去の美しい思い出を壊してしまう可能性もあるわけです。それを認識して、わざわざ同窓会に行きたいと思わないという人もいるのではないでしょうか。

さらに、上で書いているメリットの多くは、現在わざわざ同窓会をしなくても成せるようになっているのではないかと。それはネットの存在によって。昔はいちいち電話するのも何かなと思い(下手にかけるとマルチや宗教と勘違いされそうだし)、そうなるとよほど親しい人でなければ同窓会くらいしか機会がなかったですが、今なら一度会えばメール交換できますし、そうなるとわざわざ会いたくない人に会わずに連絡が取れると。つまり、そのメアドを聞き出すことさえあれば、そんなに同窓会をする必要はなくなっているのかもと思うのです。つまり、私が雀卓を囲んだり飲みに行くように、小規模な集まりならそれぞれで行われているとは思いますが、「同窓会」と定義できるような全体の集まりは行う必要がそんなにないと。せいぜい前述のような、ごくたまに行われるきっかけくらい。携帯が普及していなかった時代に学生だった私でさえそう思うのですから、メールが普及してきた学生世代の人なんてのは、その傾向が強くなっている可能性があります。学生でこれを見ている人、しばらく会っていない中学、高校時代の友人のメアドが、まだ携帯の中に残っていたりしませんか?

それに、「学校」というものへの帰属意識が薄くなっているというのもあるかもしれません。今、少子化で統合される学校が増えているようですが、別になくなっても「まあ仕方ない」くらいで止まってしまいそうです。

あと、普段会わないいろいろな人に会いたいって欲が、「同じ学校」というカテゴリより、「同じ趣味」のオフ会でまかなわれているという可能性もないとは言えませんね。


いろいろ書いてきましたがおそらく一番の理由は、数々のめんどくさいことを引き受けてでも幹事をするつもりのある人がいないからでしょう。ま、そのめんどくさいことをしても前述のメリットを得たい人がいないということも言えるかもしれませんが。

とはいえ、メリットが少しでも存在する限り、完全になくなることはないでしょう。特に私より上の世代はまだまだ在り続けると思います。ただ、これからの世代は、同窓会と呼ぶべきものが今よりは少なくなる可能性というのはあるのではないかと。その要因としてもうひとつ大きいのが、個人情報保護概念が強くなったこと。現在、学校ではこの観点から連絡先のわかる名簿を配布していないようですし、となると同窓会をするにあたっての連絡手段もなくなってくることが予想されます。ちなみに同窓会に参加して、宗教勧誘して顰蹙買った人もいるそうなので、下手をするとそういう人が企画するなんてこともあり得ますよね。

個人的にはそれでいいのですけどね。過去の同級生と全員が顔を突き合わせて話のできる人数程度で会うのはいいのだけど、大勢集まってというのはもともと好きじゃないので。


◆追記
今日の「同窓会」は主催が学校など組織ではなく、私的なものを想定しました。学校がやる場合、また別の性質がありそうなので。

ちなみに、書いたあとにこんなの見つけた。

同窓会には行かない

自分は別にそこまで思っているわけでもないけど、これも同窓会と定義できるものがなくなる一因かも。つか、よく考えてみればクラスメイトは割り当てられた偶然でしかないのですよね。その中から友人となる存在もいれば、その正反対の立場の人もいると。

ま、本来同窓会は「楽しい」を目的に行くところだと思うので、無理をすることはないんじゃないかなあ。学生時代にリア充な生活を送った人は、また観点が違うのかもしれませんが。


◆さらに追記
なんとなく前述ので興味が湧いたので調べてみたら、出るわ出るわ。

同窓会に行きたくない - Yahoo!知恵袋
越えられない壁( ゚д゚):同窓会
同窓会って鬱だよね・・・
スチャラカmikeneko再び 同窓会なんて行かないぜ☆
( ;^ω^)<へいわぼけ: 同窓会っていじめっ子だったヤツって報復されないの?

宗教とマルチ多すぎ。そういう道具にされるのはなあ……

だけど、私のように小中高で携帯がなかった世代(ちょうど固定電話からの移り変わり時期)ってのは、成人したら連絡がわりと簡単に絶てる世代なのかもなと思った。学生時代の携帯番号は、よい意味でも悪い意味でも在り続けるだろうし。