15年経ってから読む『サンクチュアリ』

私の学生時代、ちょうど少年系、ヤング系だけではなく多方面のマンガを読みあさっていた時に見つけ出した名作がいくつかあります。そのうちのメインがこのブログでよく出てくる『アフター0』ですが、ビックコミック系でもうひとつあります。それが『サンクチュアリ』というマンガ、というか劇画。

原作は史村翔(武論尊)、作画は池上遼一の劇画では有名なコンビで、ジャンルは政治もの。大まかなストーリーは、子供時代、ポル・ポト時代のカンボジアから命がけの脱出をした2人、北条と浅見が、日本に帰ってきて成長し、物資は豊富にあるのに人間の目が死んでいる日本を変えようと誓い、浅見は政治家として、北条はそれを支えるべく裏社会でヤクザとしてのし上がってゆくという物語です。筋金入りのヤクザ渡海のカリスマもあり、ご存じの方もわりといらっしゃるのではないでしょうか。

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サンクチュアリ (1) (ビッグコミックス) : 史村 翔,池上 遼一

サンクチュアリの世界では、政界と裏社会で奮闘しつつのし上がってゆくのですが、それの障害となるのが既存の政治家やヤクザ達。そして彼らは主人公達から「老人」と言われます。この対立がこの作品のひとつの核になっているのですよね。たとえば途中、北条が相手の組織の親分に「あなたは老いた」と言い放つシーンなどもありますし、ことあるごとに「老醜」という言葉が出てきます。つまり、現代の社会における世代交代というものへの意識が強く向けられたものだったとも思えます。

ただ、たしかに老醜をさらす悪役も多いですが、一部では伊佐岡達も、巣鴨プリズンでの回想などが蘇り、ただ権力にしがみついているのではなく、自分なりの意志を持っていることも感じさせられます(既存政治家も、後に浅見に同調する意志のあるも人たち、それとは逆に権力にしがみつくために浅見を裏切り、結果落選する政治家もいたりします)。ちなみにこの劇画がビックコミックスペリオールで連載されていたのは、1990年代前半、つまりは55年体制が崩壊したあたり。その、派閥政治が絶対的だった政治の世界の混迷もふまえて描かれていると思われます。

あと「和僑」構想などは、ある意味においては、これからの日本人は日本国内に固執しないという、ある意味時代を先取りする発想だったと言えるかもしれません。

この作品をはじめて見てからすでに15年近く経っているわけですが、いろいろと考えさせられるものがあります。というのは現実に即してみると、この時代には若手だった世代の政治家(たとえばこの作品では、団塊の世代の会のひとりが初期から浅見達に同調して行動する)は、今や政界の中枢部分にも多くいるようになってしまっているのですよね。つまり、下手をすれば立場が逆になっているということ。そしてこのマンガが連載されていた頃、学生だった私は、とうの昔に選挙権を経る歳になってしまいました。となると、現代において『サンクチュアリ』のような作品が出てくるとしても、その構成は全く変わっているように思われます。

それをふまえて今読むと、なかなか興味深いものがあるような気がします。あと10年経つと、さらに実感するかもしれません。ただ、現状でこういったことについて書いていたとしても、きっと何十年後かには、似たことを我々がそれより若い世代に言われるようになるのでしょうね。人間は成長しないわけにいかないのですから。

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