ドラえもんが教えてくれたバトン・チェーンメール問題についての対処法

ネットをやっていると、とある間隔を置いて盛り上がる話題というのが存在します。それはリンク禁止宣言における問題だったり、オンラインブクマ禁止宣言における議論だったり。そしてそのうちのひとつに「バトン問題」というのがあると思います。バトンというのは、ブログが普及する前からあったもので、とある質問事項に対して回答し、それを誰かに回してゆくというもの。私の記憶では、Leaf・Key系のファンページが盛り上がっている時代からありましたね。

Leaf・Keyのゲームネタがネット上で盛り上がりを見せた2000年前後の奇跡的時代
私もパソ通をやっていた人たちから比べれば、インターネット歴は浅いと思っていましたが、いつのまにか始めてから10年以上が過ぎ、ネット歴が長い人間のほうに入ってしまったかもしれません。

しかしこれ、批判もあります。というのはこれが形を変えたチェーンメールのようなものであるということ。つまり、バトンを渡された人はそこで止めるのは忍びないので、次に回し、結果半永久的に拡散してしまうということ。そして、これに参加したくないからといって止めた人が、非難を受ける可能性があるということも。つまりはこの娯楽を共有しているつもりでも、他人にとっては迷惑でしかないという点があるのですよね。ちなみに、本人には悪気はないというのも問題を複雑化する要因になっていると思われます。

チェーンメール – Wikipedia

■参考:バトンとチェーンメール – 北の大地から送る物欲日記

これに対しての解決法は何か、と考えた時、ふと思いだしたものが。それは『ドラえもん』。そう、ドラえもんのとある話に、この問題の解決に繋がるものがあったのです。こう書くと、何でインターネットもない時代に描かれたドラえもんとバトンやチェーンメールが関係あるんだ、と思われる方もいらっしゃるでしょう。しかし、ドラえもん全盛期の時代(1980年代)にも、似たようなものはありましたよね。それは不幸の手紙。

チェーンメールが出たての頃、「これは幸せ版の不幸の手紙」と言われたこともありますが、たしかに内容は異なるにしても、その性質は非常によく似ているのですよね。不幸の手紙は「これを回さないと死ぬ」という恐怖で手紙を拡散させますが、チェーンメールの場合はその恐怖が達成感(ギネス記録)、同情(子犬の飼い主捜し)等に形を変えたものです。違うところは、不幸の手紙は負い目を生じさせますが、チェーンメールはそれを感じさせないどころか、「その行動は誰かの役に立つ」と思わせるところですかね。

話をドラえもんに戻すと、この不幸の手紙について扱った話があるのです。それはてんとう虫コミックス15巻の『不幸の手紙同好会』という話。

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ドラえもん (15) (てんとう虫コミックス) : 藤子・F・不二雄

ちなみにこの巻、「ネコが会社を作ったよ」「階級ワッペン」「どくさいスイッチ」「ポータブル国会」など、いつにも増して社会的要素が強い話が含まれている巻です。

『不幸の手紙同好会』のあらすじですが、のび太に「これを29人に送らないと不幸が訪れる」という不幸の手紙が届き、怖いけど人に迷惑をかけたくないから出せないと泣きながら悩むのび太(この心をドラえもんは褒めています)。ドラえもんは気にせず破くが、それを慌てて拾い集めるのび太。そして机に頭をぶつけ、「不幸の始まりだあ」と泣く。仕方なくドラえもんは、「しょうがない、なら出そう」ということに。それを迷惑がかかると躊躇するのび太に対し、その手紙の送り主がわかる「郵便逆探知機」を出す。すると差出人はスネ夫(ちなみにここで、スネ夫の住所が「練馬区月見台」と発覚)*1。のび太はまずスネ夫にそれを書くが、残りの28人はどうしようという話に。するとさらに逆探知を進め、不幸の手紙を送っている様々な人達を調べ上げて、その人達の名簿を同封し、その中だけで不幸の手紙をやり取りさせるように仕組む(その人達はこういうのが好きでやっているから迷惑がかからないということで)。で、大量に手紙を送るのび太。するとスネ夫の家にはどんどん不幸の手紙が送られてきて、「もういやだ! 書いても書いてもきりがない!」と泣くという話です。タイトルの『不幸の手紙同好会』というのは、これに参加している名簿の人のことを指していると思われます。

■参考:てんコミ15巻

この話、子供の頃読んだ時はよくわからない話でした。それは不幸の手紙を知らなかったというのもありますが、このシステムが理解できなかったので。あと、不幸におびえていたのび太がいきなり面白がり始めるのも(まあこれはスネ夫が送ったという正体が判明したことで、恐怖がなくなったのでしょうけどね)。

しかし、今見てみると、この手のもので迷惑がかからない方法を提案しているのではないかと。つまりは「それがわかっている人、楽しい人の範囲内でやる」ということ。ドラえもんの不幸の手紙では、他人に迷惑をかけない方法として、名簿を同封して、こういうことが好きな人の範囲内でやるという方法をとりました。*2

これと同じことが、バトンにも言えるのではないでしょうか。すなわち、それが迷惑と感じる人のところにバトンが行かないように、バトンを望んでいる人のところにのみ出せばいいと。ホームページ時代だったら「バトンOK」のバナーとか、自己紹介にそういうのが書いてがあった気がしますが、そういうのを表示している人のみを「名簿の中の人」として、他は出さなければいいのではと。

現代だとバナーの他に、mixiならばそういうコミュニティーとかかな。あとFC2ブログでも最近「バトン」というものができたのですが、これも原則自分から持ちかけないとできないはずです(ただ、「ブロとも」参加者の枠内はバトン受け渡しOKみたいですが)。こういった、範囲内でならバトンもよいのではないでしょうか。これは受け手ばかりではなく、出し手にもメリットがあると思われます。だって、出したバトンはなるべく回して欲しいでしょうし。

ま、いつの時代にも、問題となるのは「押しつけ」なんでしょうね。ただ、だからといってすべての誘いに対して「押しつけ」と思ってしまい行動しなくなると、今度は誘って欲しい人が誘われなくなるということにもなるので、難しいところです。そのへん「空気を読む」なのでしょうか。うちのブログのタイトルでこういうことを言うのもどうかと思いますが。

*1:ちなみに現実の練馬区に、月見台という地名はありません。おそらくは虫プロがあった「富士見台」がモデルだと思われます。ちなみにこのへんは、あだち充作品でよく出てくる背景があったり、ちばてつや先生の仕事場もあるという、まさにマンガ家の町。

*2:ちなみに名簿を同封するのはのび太が思いついたことなのですが、この提案はかなり頭がいいと思うのですが。

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