空中の杜

旧名「空気を読まない中杜カズサ」。

『作品の出来はかけた時間に比例しない』とあるプロデューサーが言った話

昔、とあるコンシューマゲームのプロデューサーと話をした時のこと。そこで作っている製品は、マスターアップ期限日が迫っていました。しかし、なんとか完成点は超えていたものの、細かい不満点かいくつか出てきました。そこでどうするかという話になったときにプロデューサーの言ったこと、それが「開発時間を伸ばしたい(そして不満点を解消したい)気持ちはわかる。だけどそれをやったからといって、その時間の分だけ製品がよくなるわけではない。だから、不満点を残しても、思い切るタイミングを見つけないといけない」ということ。当時は、その言葉をあまり考えずに受け取り、まあ不満点が残っていても発売日は守らないと各所に迷惑がかかるし仕方ないか、という程度、悪く言えば営業的な言い訳程度に思っていました。

しかし数年が経ち、この言葉を思い返してみると、商業的なものではなく、制作というもの全般において、かなり深い意味を持っていたのではないかと考えるようになりました。


あるものを作っていると、制作期限(締切)を迎えてしまい、「あともうちょっと時間があれば、もっといいものが出来るのに」と思うことは多々あります。実際私も、制作中に期限か来てしまい、あとで見直して、もっとここをこうすればよかったと思うことはしょっちゅうです。そしてそれを時間のせいにしたくなることも。ただ、もしそれに無制限の時間が与えられていた場合はどうなったか、というのを考えてみました。

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概念としてはなんとなく、左側のようなものを考えたくなります。そして、途中まではおそらくある程度あっているのでしょう(まあ制作中のスランプとかも可能性はありますが)。しかし、ある時点を過ぎた時から、それはだんだんと右の図のように失速していくと思います。それについて思い当たる理由はいくつもあります。

まず、普通制作は大きな部分、もしくは重大なミスの修正からかかりますが、それをつぶしてゆくと、細かい修正しか残らなくなるということ。たしかに修正した方がいいものでしょうが、限度を超すと、作った人以外誰にも気づかないレベルというところになってしまいます。そして同時に、制作が進むにつれて、中だるみしてゆくこと。よほど集中力のある人ならいいですが、だいたいの人は同じことをやっていると飽きがきて、それに対する集中力がなくなってきます。そして多くの場合、修正は作成よりもつまらないのですから。故に、長引いたからといって、前と同じ速度で制作ができるとは限らないわけです。というか、これは例外なく速度は落ちると思います。

そしてさらにまずいことは、ある点を過ぎると細かいところが気になりだして、客観的には直さなくてもいい部分まで手をつけてしまうということ。つまり「もとのほうがよかった」という行為をしてしまう可能性があるのですよね。

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つまりは上のように、ある時点に入ると、「自己満足の領域」に入ってしまう可能性があるのかと。結果として、いつまでたっても満足できず、完成されないということになりかねません。


このように、時間と出来は比例するわけではないということを、最近実感するようになりました。実際、製品でも開発側の力が強すぎると、そのクリエイターが満足するまで作ってしまい、結果営業的に赤字のわりに、製品の出来普通ということはたまにあるみたいです。だから、制作側からは鬼のように見えても、そういったゾーンに入る前に、営業的な目的以外でも思い切ってしまう人が必要なのでしょう。ちなみに先述のプロデューサーは開発現場出身の人なので、制作側の心情もある程度わかっていたと考えます。同時に、個人制作でも100%には数%足りなくても、思い切る点が必要なのかもと感じます(まあそれは誰かに迷惑かけない限り個人の自由ですが)。


とはいえ、商業作品の制作では、上のようなある程度出来ているところを改良できる時間があるというのは贅沢な悩みで、多くの場合は営業的な都合で、時間になれば、たとえよくなる余地があろうともそこで区切られる場合がほとんどではないかと思います。まあ、それは商業として仕方のない面でもありますが、中には絶対不可能な無茶なスケジュールで、製品が形になる前に営業判断として発売されてしまうとかいうのもあるでしょう。それこそグラフの真ん中で切られてしまうような状態。(ごく希に、『星のカービィ』みたいな例もありますが*1)。現状は、時間の与えすぎより、こっちのほうが問題かもしれません。それともこれは、制作側のエゴなのでしょうか……?


こう考えると、制作スケジュールの構築(&進捗管理)というのは、とても重要だというのがわかります。なので、多すぎもせず、それ以上に少なすぎない時間が制作には必要ですよね。

*1:ハル研究所から発売を予定しており、ほとんど完成し受注も集まっていたゲーム『ティンクル・ポポ』を、親会社である任天堂の宮本茂氏の「改良すればもっとよくなる」との判断で、一度受注を破棄、一部作り直して『星のカービィ』として再構成させる。その結果、作り直し前の受注をはるかに超える大ヒット作となった。