何でマンガの担当編集者はころころ入れ替わるのか

このようなエントリーがありました。

担当編集者の意味のない交代

たしかに、マンガの編集者、とりわけメジャー週刊漫画誌の編集者はかなり入れ替わっているような感じがします。漫画を読んでいても、楽屋ネタでは替わっている場合がよくありますしね。さて、この理由としてコメント欄には『「本を作る技術をまんべんなく習得させるために」2〜3年で移動させるらしいです。 』とあります。確かにそれは言えますね。一般企業でも、管理職・幹部候補となる人材には、多くの部門を経験させて、会社全体の業務を把握させるというのは普通にあることでしょう。そして、この理由も正しいものだと思います。

ただ、この一般企業の場合と照らし合わせて考えてみると、もうひとつ、配置をしょっちゅう換える理由があるのですよね。まあ、これがマンガ業界に言えるかどうかはわからず、私の推測の範囲内ですか、言えないわけではないと思うので、書かせていただきます。

さて、一般企業で部署異動を行う理由は、上の業務スキルを広く身につけるというほかに、会社側の都合による目的があります。それは、「特定の固まりを作らせない」こと、そして「顧客と会社ではなく、顧客と個人(担当)が固く結びつくことを避けるため」です。

会社では、ある程度チームの結束力が高まると、会社よりもそこへの帰属意識が高くなる場合があります。それは会社のために尽くしてくれる力となる分には会社としてはいいのですが、もし、そのチームが会社に対して待遇への不満を持ったとき、まとめて独立してしまうという危険性があります。そして、さらに会社にとっては悪いことに、そのチームだけではなく、そのチームと結びついていた顧客までをも、独立された時にとっていかれる場合があるのです。故に、それを防止するために、なるべく異動を行って固まりを作らせない、そして顧客との結びつきを個人とのものにさせないということがあるでしょう。
追記:とはいえこれ、悪意的な要素ばかりではないのですよね。仮に病気などやむを得ない事情でその担当者が離脱した時、一人に任せておくと、コンタクトを出来る人がいなくなり、業務に差し支えが出来ます。故に、ひとつの顧客に対して、誰でも担当できるようにしておく、もしくはサブの人を用意して、万が一の時に備えるというのは、企業の危機管理としては、当然と言えるでしょう。

それと同じことが、マンガ家の場合にも言えるのではないでしょうか。つまり、もしその編集者が会社を辞めた時、結びつきの強い編集者がマンガ家ごとよその雑誌に引っ張っていってしまうのを避けようとしているのではないかと。

この、編集者が引っ張っていった例というのは過去に多数あります。古くはメディアワークス設立時、当時角川書店の『コミックコンプ』所属だったマンガ家のほとんどが、『電撃コミックGAO!』に移籍しました。また、近年ではエニックスを退職した編集者がマッグガーデン一迅社を設立した時も、エニックス系からマンガ家が大量に移籍しました。あとは、黄金時代のジャンプ作家が大量に執筆している『コミックバンチ』なんかもそうですね(ここも編集者が元集英社組)。

つまりこれは、会社にとっては、顧客をごっそり連れられていったのと同じです。つまり、異動が多いのは、そういったものを防止するという目的もあるのではないかと。故に、何度も替わると。ひどい言い方になってしまいますと、経営側にとっては、マンガ家と編集者が密接でありすぎると困るわけなのですよね。


でもこれはマンガの場合、今回の雷句先生の告発による一連の話題で明らかになったように、密接な協力関係が組めないという大きなリスクを抱えることにもなるのです。ですので、今のマンガ編集者との問題は、こういった組織的なひずみによるものもあるのではないかと。編集者だって、どんなにその漫画家に尽くしても、すぐに異動ではやる気が半減しますしね。根本的に、このあたりの矛盾を解決しないと、将来的に似たような問題は残り続けるような気はします。


余談的にもうひとつ。最近平野耕太先生のフランス講演がありましたが、そこで編集者の重要性に触れておられたようです

平野耕太 パリで「HELLSING」を語る

 作品創作の方法についての質問もあった。そこでは、マンガの創作に一番必要なのは編集者と語った。マンガは他の雑誌とはまるで違う作り方をするので、マンガ編集者の存在は不可欠なのだという。

ちなみに平野耕太先生の少年画報社時代の編集者は、現コミックマーケット主催者のうちの一人、筆谷芳行氏(今はどうかわかりませんが)。ちなみに氏はヤングキングアワーズ編集長でもあります。

やっぱり、漫画家にとって編集者は期待されている存在なのですから、経営側としても、ただの営業の担当者的な役割以上のものを与える仕組み(それは漫画家だけではなく、編集者も満足できる仕組み)が必要なのではないでしょうか。