空中の杜

旧名「空気を読まない中杜カズサ」。

『希望の国のエクソダス』を今読み返すとなかなか興味深い

※今日の話は、若干『希望の国のエクソダス』のネタバレを含みます。

8年前、ベストセラーとなった村上龍の小説がありました。その名は『希望の国のエクソダス』。当時話題となったので、読んだ方もいらっしゃるでしょう。

さて、最近これをふと読み替えてしてみました。するとかなりの部分において、現状と照らし合わせて興味深い部分があると思うのですよね。約10年後である現状を言い当てている部分も見受けられます。例えば、最後中学生達を中心としたネットワーク「ASUNARO」が、北海道に移住して、自立経済区域を作るのですが、この時の世の中の状況として、地方の財政悪化が示されています。これは現在でも同じことが言え、すでに破綻した夕張市、そして破綻寸前の大阪はじめ各地方自治体。これを小説内ですでに8年前から予見されていたのではないかと思えます。

さらに一番興味深かったのは、「UBASUTE」の存在。これはとあるグループが提唱した、老人にテストを施し、それに合格しないものは強制的に訓練を受けさせるという、一見過激な思想の団体。しかし、このASUNAROのリーダーであるポンちゃんは、「UBASUTEを誤解している」と言います。そして、UBASUTEは現在の老人問題を最も深く考えているグループだとも。そしてそこでは介護保険の実質的破綻や、その状態での介護問題(食事の量はこと細かに決められているのに、ベッドに縛り付けられているいびつな状態など)が語られています。現状、高齢者政策や事業は人手不足や財政圧迫、それに関連する介護事業者の不祥事などで様々な綻びが出てきています。形は若干違うものにせよ、高齢者や介護に対しての様々なものが近年問題になる、というのは言い当てているでしょう。そして、当時はピンと来なかったそのUBASUTEの主張も、今となっては「高齢者の再雇用のための職業訓練」など言葉を変えれば、もっともだと思える部分もあります。2000年前後って、ちょうど高齢者に対しての認識の費用的、人口的な面での境目だったのかもしれませんね。

その他、経済的な部分などでも当てはまっている部分が各所にありますが(格差社会の予見とか出版不況など)、複雑になるのでそのへんは実際に読んでください。ちなみに外れている部分も当然それなりにありますので。

ただ、これらのことは村上龍の頭の中だけではなく、当時から言われてはいたことです。実際、村上龍の主催するメルマガ等でもそういう警告はされていましたし。でも、現在の様々な問題が突発的に起こったのではなく、10年近く前からすでに具体的に予見出来るところまで来ていた、というのはしっかりとわかりますね。それが想像出来ない段階から予想通りになるのに、10年程度かかったとと。

さて、この『希望の国のエクソダス』では、ちょうど2008年ごろまでが書かれています。現在、世の中に問題は蓄積されていますが、ASUNAROはありません(まあ小説だからと言ってしまえばそれまでですが)。逆に問題とならなかったことも多数あるでしょうし、小説が予見出来なかったこともあるでしょう。これからこの『希望の国のエクソダス』に沿ったような現実が出てくるのか、はたまた全く外れるのかはわかりません。まあ、さすがに中学生はエクソダスしないと思いますし。ただ、この本に書かれていることはいろいろ小説的にしても興味深いところが多いです。持っている人は、まるでSFの未来想像と今が違うような感じで、昔とはまた違った読み方が出来ると思うので、読み直してみてはいかがでしょうか。もちろん、新規に読んで、10年前の予想(小説的ではありますが)と何が合致していて、何が違っているのかを考えて見るのも面白いと思います。


最後に、この本の一番有名な台詞。

『この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない』

希望の国のエクソダス (文春文庫)

希望の国のエクソダス (文春文庫)