中断手段がある限り、眠くなる娯楽は悪いものではないという話

これは、以前物書きの人に聞いた話をもとにしています。

マンガから小説、ゲームから映画と分野を問わず、昔からそれを読んでいる、見ている、聞いていると眠くなる娯楽というものはかなりあります。最近でも感想を書かれるときに『眠くなる』というのが言われることがありますね。だけどそれは、たいていの場合否定的な要素を含んでいるように思われます。しかし、眠くなるものは本当に悪いものでしょうか。

それに対してのある人の弁、なら何故眠くなる前にその作品を楽しむのを止めないのか。何故眠くなるまで読み続けることができたのか。本当につまらなければ、その作品を楽しむのを途中で止めているはず。それは、眠くなるまで引き込まれていたからではないか。さらにそれは「眠くなる」という形で人間の感情を動かしていると。

言われてみればなるほど、と思いますね。特に、「本当につまらなければ、その作品を楽しむのを途中で止めているはず」というあたりが。


たしかにゲームでは話が長いゲームなどは眠くなることもあります。だけど、その眠気が覚めるとついついやってしまうこともあるのですよね(もっとも、本当につまらないのはそのまま放置、ということもありますが)。マンガでも、4コマ系とかで少し読んでは眠くなって閉じるけど、またなんだか読みたくなるような作品というのはけっこうあるような気がします。最近では『スケッチブック』あたりかな? こういうのって、料理で例えてみると、味が薄いなどと思いつつも気づいたら皿の中が空になっているような感じでしょうか。

考えてみれば、クラシックのコンサートで眠くなるというのも、そこで眠くなる心地よさを味あわせている、つまりそういう面において、感情を動かしていると言えます(故に、クラシックのコンサートで眠っていても、周りに迷惑をかけない限りは別にいいと私は考えます)。

ただこれら眠くなる作品が悪くないものだとするには絶対条件があり、『その娯楽を視聴者の意志で中断できること』があると考えます。例えばマンガやゲームなどはたいていの場合自分にあわなかったらすぐに止められますが(借りて強制的にやらないといけない場合などは除く)、映画館などで途中退場するのは、かなり勇気がいります。ツレがいる時などはなおさらでしょう。そして作品を見たことにより「心地よさ」に似たものが震わされた眠さではなく、単純に時間をつぶすための消極的な眠気の場合もあります。そういった場合は、眠れる作品が前述のような良いものとは言えないでしょう。

でも過去、眠くなったという感想をもって処理した作品、またそれを聞いてスルーした作品がある方は数多くいらっしゃると思います。だけど、その中にはつまらないものではない、実はおもしろい(けど眠くなる)ものもないとは言えないでしょう。そういう作品を、もう一度見直してみませんか? 「動」の中だけではなく「静」の中にもおもしろさは隠れていると思いますよ。もっとも個人の好き嫌いはあるでしょうけど。


◆追記
こういった眠くなる作品は「癒し系」と同じなのか、少し考えてみたのですが、「癒し系」の中に眠くなる作品はあっても、全部が全部イコールではないような気がします。