作品における設定は「点」、ストーリーは「線」という考え方

創作では、よく小説でも漫画でもゲームでも「設定は考えられるのに、ストーリーを考えられない」という人が存在するといいます。実際に作品を作り始めた人が設定はあるのにストーリーを書けないという話はわりと聞きますし、痛い系の話では、ゲーム会社の面接で自分の考えた設定ばかりを書いた企画書(のようなもの)を持ってきて、肝心のストーリーやゲームシステムは書いていないとか、漫画や小説の新人賞で設定の消化に終始してしまい、ストーリーがまったくないという作品があるというのも聞きます(その手の話には多少誇張が入っている可能性もありますが)。

その現象についての理由はなんとなくわかりますね。つまり設定は作るのが楽しいけど、ストーリーはちゃんと作るのが大変ということだからだと思います。だけどそれをもうちょっと上手い表現で言えないかなあと考えながら歩いていたら、ふと思いついたことがあります。それは設定は「点」で、ストーリーは「線」だからではないでしょうか。

設定を考えるのは「点」であり、それは作品という紙の上のどこにでも置くことが出来ます。そして、思いつき次第では綺麗な色となり、美しい場所にその点をつけることが出来るでしょう。

しかし「線」、すなわちストーリーの場合は違います。それは点と点を的確に結ぶものではなくてはならず、しかもその間の線も美しく、すなわち綺麗な(見る者を感心させる)流れで引かなければなりません。そしてそれは単に点を置くだけではなく、それをどうつなぐかまで考慮しなければいけない分、労力のかかることになるでしょう。ただ、こちらはたとえ画材(アイディア)がそれなりのものでも、美しい線を描ければ、最終的にいい絵に仕上がる可能性もあります(もちろん画材がいいに越したことはありませんが)。

思うに、設定が簡単というのは、あとの線のことを考えずに好き勝手に置くから簡単であるのではないでしょうか。だけどそのツケは線を引く段階で回ってくると。だけど逆を言えば、点を置く段階で的確な位置に置くという苦労をすれば、あとの線を引く段階でスムーズに行くようになるかもしれません。

あと、これは線にも点にも言えることですが、ついつい思いついたものはもったいないので全部盛り込もうとしますよね。だけどそうすると絵がごたごたしてしまいがちになると。故にそういったものを削っていく努力もいるような気がします。

故に、作品という「絵」を仕上げる上で「点」(設定)が簡単で、「線」(ストーリー)が難しいというのではなくて、苦労を最初からしているか、していないかの違いではないでしょうか、なんてことを思ったわけです。

でも、たとえそうでもこういうのはそれなりに実績のある作り手の人が言ってこそ重みがあるもので、私が言ったところで説得色のかけらもなさそうですが。まあいいや、思いつきだし。
でも、誰かが以前に言っていて、有名だったりしたらそれはそれで恥ずかしいなあ……

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