流行語大賞を受賞したお笑いがその後落ちてゆく理由

なんか年末になると流行語大賞の話題が流れます。まあ最近は実際に「え?いつこれが流行したの?」というのまでノミネートされますが、もともとあれはメディアでやるもので「(メディアの中での)流行語大賞」と思っているので、別に腹が立つわけでも無し。つまり、ネットでの流行語大賞をやりたければ、どっかのサイトが独自に「ネット流行語大賞」をすべきだと思うのですよね。まあなんとなくネット全体より2ch系に偏りそうな気はしますが。まあ2chの全体に占める視聴時間がかなり長そうですし、当然といえば当然と言えなくもないですが。まあこれは、昔はメディアが≒世論というように見なされる感じだったのに、それが崩れてきたっていうことでもあるのかなあと思ってしまいます。


さて、そんな流行語ですが、だいぶ前からあるジンクスが生まれています。それは「お笑いの人がもらうと、その年以降失速する」というもの。過去にレイザーラモンHG波田陽区、パイレーツなどなど。詳しくは以下の年度別のところに。

ユーキャン新語流行語大賞

ですので今年ならタカアンドトシやら小島よしおやらが「来るな来るな来るな」と思っているのではないでしょうか(でも、「欧米か」は、「コマネチ」のような漫才師の伝統芸能のように生き続ける可能性はあるかもしれないと個人的に思ったり)。

さて、何故そうなるのか、というのは、別にどれも流行語大賞になる芸能人の力が足りなくてその位置踏ん張れない、というワケではないと思います。それは「流行語」のイメージがその人につきまとってしまうことが一番の問題なのかと。

たとえば今、過去の流行語をやっている人間がいると、なんか場がしらけることがありませんか?昔からよくあるベタなシチュエーションとしては、なんとか若者に受け入れられたい中年の人が、オヤジギャグではなくて無理に使うという感じ。でもってハズす。今、「○○斬り!」とか、お笑いじゃないけどだんご3兄弟をウケると思って本気でやる人間がいたら、それは引くでしょう(それがわかって考えがある場合はその限りにあらず。それは後述)。そういった感じで。

つまり、その年の流行語とされたもののイメージがその芸能人につきまとってしまい、その芸能人を支持すること=その時代遅れの流行語のイメージとなってしまうのではないかと。それを打破するためには新しい流行語を作る必要がありますが、そう簡単に作れれば苦労はないので。まあ仮に出来たとしても、それもすぐ流行遅れになるでしょうね。所詮「流行」というものは「時代遅れ」の一歩目とも言えるのですから。

ただ最近の場合、昔よりそのサイクルが早いですよね。だんご3兄弟なんてホントに一瞬でしたし。そして、芸能人のサイクルが早いですよね。まるで使い捨てのように一時期盛り上げては、落ちてきたと思ったらそのまま消えると。まあたしかに盛り上げるためにはそれが一番手っ取り早いのでしょうが、なんか社会の縮図みたいで泣けてきますな。それでもハッスルのレイザーラモンやらNHKのテツ&トモみたいに独自の道を見いだせばまだましなのですけど。なんか現在盛り上がっている人のインタービューでもそれを自覚している人が多いですし。例えば最近ムーディー勝山が100万円取りの番組(「ミリオン家族」だったかな?)で、獲得したら何に使うと聞いたら「来年も今年ほどテレビに出れるかどうかわからないので貯金する」とか言ってましたし。

ただ、流行語ということを意識せずに、たとえウケなくてもその人の持ちネタとしてやっていけばそれはそれでその人の持ちネタとして定着するのではないかと思います。それは玉川カルテットの「わたしゃも少し背が欲しい〜」みたいな感じで。ですので、ハッスルでもHGが「フォー!」をやり続けているとしたら、ある意味正解なのではと。

あと、たとえ昔の流行語でも、ある程度こなれると「一周して面白い」ってのもありますよね。たとえば今、お笑いのネタで90年代の「レーサー100!」とか「仮面ノリダー」とかやったら、当時とは別の意味でウケる感じで。ですので、前述の若者ウケしようとする管理職の人がいたら、あえて最近のお笑いを狙うより(みんながわかる範囲で)そっちを狙った方が忘年会のウケはよさそうだなと。まあそのへん、カラオケとかでも言えそうだなあ。


ちなみにこういったブログや小説、エッセイでもたまに流行語をバシバシ入れる人がいますが、それがブログのように時系列性が強いものならまだしも、書籍化されるとかで長期間残るものだと、あとで読み手には「これいつの文章よ」と思わせ、書いた本人も消したくなるような気がするのでやめておいたほうがいいかもしれませんね(あとで「このときはこんなのが流行ってたんだ」と恥ずかしがらずに見る、もしくは見せることが出来るならば別ですが)。

あ、そういえばこのブログの「空気を読まない中杜カズサ」ですが、いるんだろうなあ「あ〜こいつ、流行語に乗って名前つけたな〜」と思っている人。でも別に今年のアレからつけたんじゃないですよ。前身の「空気を読まないブログ」は2005年からですからね(だけどなあ、名前変えた方がいい気もしてきたなあ。でも間違えてもKYとかにはしないので)。


さて、文章における「諸刃の剣」な言葉はこの流行語以外にもまだあるのですが、長くなったのでそれはまた後日。