人の創りしものに心はあるのかという問題へのひとつの回答〜『国立博物館物語』

さて、たまごまごごはんさんにおきまして、アフター0関連のエントリーが。

ロボットの人間らしさってなんだろう?「アフター0〜マイフェアアンドロイド〜」

岡崎二郎ものが出てきたとあっては黙っていられませんので、今回はそのエントリーに即して書かせていただこうと思います。

ちなみにこの問題に関しては、半年くらい前に扱いましたので重複する部分がありますが、今回はマンガよりに話を進めていこうと思います。そこで漏らしていたことも書ければなと。

さて、「マイフェアアンドロイド」は、岡崎二郎氏の短編SFマンガ集『アフター0』に収録されている話ですが、これは「アンドロイド」という人が創りしものを通して、「人間らしさ」とは何か、というのを問いかけるように話が終わります。
さて、人の造ったものは、人間と同じような「感情」、すなわち「心」を持つのか、というのは難しい問題です。なぜなら、それを測定する手段はないから。いえ、アンドロイドやロボットだけではなく、人間が心を持っているか、ということでさえ証明できないのです。

しかし、同じ岡崎二郎作品で、それのひとつの回答を導き出しているものがあります。それが『国立博物館物語』の最終話、『人類の行方』。

この作品の概要を説明しますと、バーチャル生態系を作りだしている「スーパーE」というスーパーコンピュータがある国立博物館を舞台として、スーパーEのバーチャル空間を動き回ることの出来る数少ない人間である主人公弥生を中心に、自然科学的、時にはSF的に物語が進行します。アフター0にも自然科学的な現象をネタとしてで話が進むものがありますが、こちらはそれに特化した感じですね。環境問題などのネタもあります。

しかしこのマンガ、ラスト3話の『人類の行方』で雰囲気ががらりと変わります。それはスーパーEの行った人類は何千万年も後にどうなっているのかのシミュレーション。そこではなんと昆虫が支配する世界となっていました。嫌な気分になる実験に集まった人たち。しかし、今までいくらバーチャル空間に入っても語りかけてきたことの無かったスーパーEが言葉を持ち、その世界に入り込んでいた弥生たちに語りかけてきました。そしてもうひとつの未来として、コンピュータの素子にある知性が引き継ぐ可能性もあるとして、その映像を見せます。しかしこにも人間は存在していません。

『国立博物館物語』第3巻205ページ

しかし皆は思います。人類はいないのにそれに意味はあるのかと。
そこで、弥生はスーパーEにこう問います。「あなた(スーパーE)に心はあるの?」と。

それに対してのスーパーEの答えは……

わたしはそれを疑います。一体、私というものに自我があるのでしょうか??
そして私は顧みます。内からわき出す自らの理論を
その時、私は発見するのです。
私のうちに、私自身を批判する自我があることを。

それに対して、弥生は「貴方には心があるのね?」と問いかけます。しかしそれを見ていた博士は、「心」は証明することは不可能で、知能レベルをはかる方法はあれど、自我を証明することとは別、と話します。
弥生はそれに対して言った言葉。

でも……!! きっとスーパーEには心がある筈よ!!
私たちの心がそう感じたのなら、そこに「心」はあるんじゃないですか??

『国立博物館物語』第3巻208ページ

私は、ここに岡崎二郎氏の持つ「人が造ったものに『心』はあるのか」という問いへの回答があると考えます。

続けて弥生はこうも言っています。

人間が「心」を持ったコンピュータを作り得たのなら……それは生命史第2段階の道筋を作ったのだと思います。
もはや生命、非生命は関係ありません。
つまり遺伝子の系統ではなく、それは、心の系統なんです。

『国立博物館物語』第3巻210ページ

前述のように、人間が自分以外の存在に対して「心」があるということは証明できません。でも、逆に言えば人が創りだしたものだからといって、それに「心」がないとは証明できるでしょうか?

答えは出せません。だけど、弥生の言うように、「私たちの心がそう感じたのなら、そこに「心」はある」とも言えるのではないでしょうか。

そして「マイフェアアンドロイド」のアイリス&アイリス2も……
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国立博物館物語(3) (ビッグコミックス) : 岡崎二郎

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