もし『劇画・パーマン』が存在したら

『劇画・オバQ』をご存じでしょうか(『藤子・F・不二雄 異色短編集1 ミノタウロスの皿』収録)。これは藤子・F・不二雄先生のSF短編集の中でもひときわ異彩を放っているものでもあります。ご存じない方のために説明しますと、あの有名な『オバケのQ太郎』の世界から十数年後の話です(もっとも正史ではなくて全く別の話だと思われます)。

久しぶりにQちゃんは下界のみんなの所に遊びに来ますが、みんなは大人になっていました。しかしQちゃんだけが子供のまま。そして大人になりそれぞれの家庭的事情、仕事などに振り回されるみんな。そして最後「正ちゃんはもう子供じゃないってことだな」と言い…………。明確に悲しいというより、郷愁の残る作品です。

ミノタウロスの皿 (小学館文庫―藤子・F・不二雄〈異色短編集〉)

で、『劇画・オバQ』があるならF先生の他の作品にもこの劇画○○があってもいいじゃないかと考えてみて、ひとつのものを思いつきました。それは『劇画・パーマン』。
で、私が考えたストーリー展開は以下の通り。


  • パーマンの最終回、パーマン星に行ったミツ夫が日本に帰ってくる。
  • しかし、地球はパーマンを必要としておらず(ヒーローは、平和な世の中では邪魔者だから)、表面的な歓迎はあれど、本当に歓迎するものがいなかった。(このへん、同じくF先生のSF短編『超兵器ガ壱號』から)。
  • そこで昔の仲間はどうしているのかと思い、会いにゆくことに。しかし4号は社長故の多忙であまり時間をとってくれなかった。もちろん最近はパーマンセットをつけていない。というか太りすぎてヘルメットをかぶれない。
  • 次にパー子のところに行くが、すでに芸能界を引退して、結婚していた。ミツ夫のことが好きだったけど待ちきれなかったのだ。気まずさを覚えて早々に去るパーマン。
  • そして、2号のところに行くが、すでにサルとしては老年。パーマンとしての活動をするものの、近所の手伝いレベルになっていた。しかしそれでも感謝される様子を見て、「達者で生きろよ」と手を取り合う。
  • そして実家に戻るミツ夫。コピーロボットと入れ替わり生活をする(ここではコピーロボットには自我のジレンマがないものとする。あるとまた話が広がりすぎるので)。
  • しかし、浦島太郎のようになってしまったミツ夫は、いくらコピーロボットの記憶を共有しているとはいえ身体が生活になじめない。
  • さらに、久しぶりに会った家族との関係も、どう接していいかわからず(ミツ夫は離れていたけど、家族はいっしょにいたので)一方的にぎくしゃくしてしまう。
  • 結局、コピーロボットを復帰させて、彼にそれまでと同じようにミツ夫として生きることを約束させる。
  • そしてパーマンは、自分を本当に必要としてくれる世界にと旅だってゆく。

……ってなところでしょうか。なんだか自分で書いてて悲しくなってきました。


まあ、ご存じの通り、F先生の考えでは『ドラえもん』でのミツ夫の写真をロケットに入れている星野スミレの存在があるように、上に書いたような展開が正史ではないでしょう。きっといつか戻ってきたと信じたい……


でも、ヒーローのジレンマは『パーマン』本編でも書かれていますし、『中年スーパーマン左江内氏』(絶版)でも描かれていますね。それに『カイケツ小池さん』(『藤子・F・不二雄SF短編PERFECT版 (1)』収録)&『ウルトラ・スーパー・デラックスマン』(『藤子・F・不二雄 異色短編集2 気楽に殺ろうよ』収録)もなかなかヒーローを別角度から見るモノとしてためになります。

ヒーローという存在もそれだけの角度から見たF先生ですから、もし『劇画・パーマン』を描いたらかなり興味深いものが出来ていた可能性もあります。読みたかったような、なくてよかったような……


藤子・F・不二雄SF短篇集 (3) 超兵器ガ壱号 中公文庫―コミック版 藤子・F・不二雄SF短編PERFECT版 (1) (SF短編PERFECT版 1) 気楽に殺ろうよ (小学館文庫―藤子・F・不二雄〈異色短編集〉)