『構想○年』って別に売り文句になってないよなあって話

ちょっと仕事のトラブル気味昨日は休みました。すみません。つか連絡がつかないんでちょっと怖い……

それはともかく、ちょっと部屋を片付けていたら、その中に「構想○年」と紹介されたマンガを見つけました。しかし、まあ出来の方は個人的に微妙なものでしたけど。

しかしアニメでも映画でも小説でも、よく新しい作品が出てくる時に、『構想○年の超大作』みたいな書かれ方をしているものがあります。それはキャッチコピーだったり帯に書かれていたりとかで、売り文句となっていますよね。ですがこの、『構想○年』って、冷静に考えてみれば別に売り文句になっていないんじゃないかと思ったのです。

そもそも何故この『構想○年』が売り文句になるのか。それは「ああ、きっと長い時間考えて練り上げたものなのだから、さぞいいものだろう」という心理を起こさせるものだからでしょう。まあたしかに長い時間をかければよいものになることはあります。例えば山崎豊子の『大地の子』などは構想から完成まで8年かかったそうです。たしかにそれに見合うだけのベストセラーとなりました。これはかなり取材をしたことにより時間がかかったというのをどこかで読んだ気がします。そうなれば時間がかかるためにクオリティを上げたのもまあ納得といえるかもしれません。

しかしそうでない場合も多数です。例えば『構想○年』と書きながらも、実際にそれに関して作業をしていたのはここ最近だけで、数年前にはネタが思いついただけ、ってのだってあると思います。まあそれも『構想○年』と言うだけなら言ってしまえるのですよね。
しかも、仮にその構想にかけた年数が本当だとしても、それが利点になるのでしょうか。まあ先述の小説くらい大規模なものになればそれくらいの取材や考証は必要かもしれませんが、普通の小説や映画、漫画やアニメなどでそんなに取材や考証にかける必要はあるのかと思うのですね。第一、取材や考証があったからといって必ず良い作品になるとは限りませんし(だからといって全くないのは辛いと思いますが)

さらにこれって「製作」ではなくて「構想」、つまり実際の作業はそれより短いってことなんですよね。となると、構想は長くても、製作期間はそんなでもない可能性というのはあります(まあ個人作業の小説、それに漫画も構想が製作期間に含まれる場合も多そうですが)。

というわけで、個人的には特にゲームやアニメに対して言えるのは「構想期間よりも製作期間が長い方が説得力があるんじゃないの?」です。『製作期間○年』というのだったら、実際にそれに対して作業をしている分、クオリティが上がっている可能性もあるので売り文句になると思います。ただ、ゲームの場合製作期間が長い場合も、全部が全部『ゼルダの伝説 時のオカリナ』みたいに作り込んでいたわけじゃなくて、単に開発が難航してたか中止していたので時間が経ってしまった場合が多いような気がしないでもないです。


ちなみにこの『構想○年』の売りとしての力を落とすのに一番説得力のありそうなもの。

MUSASHI -GUN道-
 >『ルパン三世』などの原作者として知られているモンキー・パンチが、構想に12年の年月を費やしたという原作を基にしたアニメーション作品である。

構想が長くても製作がアレだとどうしようもないと(まあこの場合、構想した人は被害者と言えるかもしれませんが)。

まあ構想○年よりももっと制作の時間を重視してほしいなあと。特に現場(のえらい人)には。いくら構想期間があっても、製作期間が短いと上記の例になってしまうのですし。


ちなみに私が学生時代に考えノートに書いていたネタを見ては、「これは使えんな」と思って塩漬けにしたものを今出してきたとしたら、それも『構想○年』とかなるのかなあ……