ドラえもんは人を生き返らせない(例の事件の供述に思うこと)

実は今日の文章、ちょっと前に当該事件について思いついたことを勢いのまま書いたのですが、なんだかここに載せていいのかなあと思いしばらく放っておきました。でもせっかくだし載せます。ちょっと時期を逸してしまった感がありますが、ご容赦ください。


もう大きなニュースになっていたので、ご存じの方も多いでしょうが、こんなところでドラえもんの名前が出てきました。


 ■「ドラえもんが何とかしてくれる」元少年、改めて殺意否認 (リンク切れ)

また、長女の夕夏ちゃん=同11カ月=を死亡させた状況については「はっきりしない」としたが、遺体を押し入れの天袋に入れたことは「ドラえもんの存在を信じていた。押し入れに入れれば、ドラえもんが何とかしてくれると思った」と説明した。

よくテレビ報道では犯罪が起きると○○のせい、ってことでマンガとかゲームとかAVとかが出てきますけど、まさか裁判でドラえもんがこういう形で出てくるとは夢にも思いませんでした。
まあ、この事件や弁護過程についてはいろいろ思うところはあるのですが、それを語り出すと恐ろしく長くなりそうなので割愛します。


さて、日本ではたしかに裁判において弁護士に弁護をされる権利があります。なので、感情的にはともかくこの論理も言う分には合法でしょう。(裁判官が認めるかはまた別問題として)
しかし、その論に対しての検証をすることもまた法律は禁じていないでしょう。というわけで、これを見て思ったことを以下に書いてゆきたいと思います。


まず、この言い分では「押し入れに入れれば、ドラえもんが何とかしてくれると思った」とありますが、『ドラえもんが人を生きかえらせたことがあるのか』というと私の知る限りそんな例はありません。

ドラえもんの世界では涼宮ハルヒの世界よろしく宇宙人や未来人、超能力者などは出てくることはあります(未来人はドラえもん自身がそれに類するものですし当たり前ですが)。極めつけは悪魔まで出てきます(ひとふり300円と身長1ミリをとっかえる話)まあ、科学で作られた疑似悪魔の可能性もありますが。

しかしながら、死者については全く出てきません。よく他の漫画である、死んだ家族が幽霊になって出てくるような話や、天国で見守っているようなものもありません。唯一、パパの夢枕におじいちゃんが出てくる話がありますが、あれも本物の幽霊と確定する要素は全くありませんし、夢と思った方がよいでしょう。
話としてみれば、おばあちゃんの幽霊がのび太に会いに来るという話でもありそうなものですが、それさえもなく、おばあちゃんは回想と過去にしか登場しませんしね。

ただ、唯一例外的にドラえもんが生き返りに関与した例があります。それが病気で死んだしずちゃんの犬を蘇らす話。とはいっても、死んだものを復活させるのではなく、死ぬ前にタイムスリップして、そこで薬を与えて死んだことをなくする、というものです。(実際、最初にのび太に頼まれた時は、『死んだものを生き返らすことは出来ない』と断っていますし)ただしこれはドラえもんのかなり早期な話で、今後はこの薬自体も出てこなくなります。(まあ風邪を直す袋とかは出てきますけどね)

おそらくドラえもんの世界では、22世紀の未来でも病気の治療法はともかくとして、死から逃れる方法は存在していないでしょう。ですが、それが描かれたことは一度もありません。そして現代でも「死」の要素を扱った作品はほとんどありません。死にそうな状況の時も、ギャグっぽくなってましてそれを感じさせませんし(余談ですが、のび太たちって映画と通常作品で3回くらい死刑間際まて行ってるんですよね)。あえて死に近い匂いのするものと言えば映画『のび太と鉄人兵団』のリルルくらいでしょうか。それもエンディングでは消えますし。

とはいえ、他の藤子作品(特に短編)では、死後の世界とか幽霊が出てくる話はたくさんあるのですけどね。例えば短編の『ジジヌキ』という話は、一度死んで悲しまれた老人が、また生きかえったらどうなるかという話だったりしますし。
おそらく、藤子先生はドラえもんの世界においては、こういった死に絡むようなお話はいらないと判断した故ではないでしょうか。


さて、話を例の事件に戻します。
上に書いてきたように、ドラえもんは人を生き返らせません。ましてや押し入れの中に子供を押し込んだから生き返る描写なんてどこにも存在しません。そしてそのような描写がない以上、頭の中に供述のような意識があったとは考え辛いと思われます。というか、人を生き返らせる=ドラえもんと頭の中で繋がる人がどれくらいいるのでしょうか?(せめて神龍だろうがとか思うのですが、まず押し入れにはいないでしょうね。)


まあそんなわけでこの供述は、感情的な物だけではなく論理的に考えても説得力に欠けると思うという反論を、ドラえもん読者としての立場から書かせていただきました。