空中の杜

旧名「空気を読まない中杜カズサ」。

セワシには自我がない?〜「物体瞬間移動機」は魂を殺すか

ドラえもんではよく「転送系の道具」というのが出てきます。つまりA地点にあるものを別の場所であるB地点に移動させるというものですね。それの対象は人間だったりものだったりと様々です。
イメージとしては、道具を使った瞬間に、「シュン」という音をたててその対象物が上か下から縦線の効果とともに消え、また別の地点に現れるみたいなやつです。具体的には「物体瞬間移動機」みたいなものですね。ちなみに「どこでもドア」は、空間をねじまけているのか、移動するものを分解、再構築しているのかわからないのですが、後者なら同じでしょうね。(個人的にはちょっと違う気がするのですが、それは割愛します)

さて、こういった転送系の機械にまつわる話は、ドラえもんだけではなくSFには数多く登場します。そしてその問題として、転送中に異物が混入して、その物体と同一化してしまう可能性というのも昔からよく挙げられています。代表的なものは映画「ザ・フライ」の蝿人間ですね。
まあ『ドラえもん』の場合、「人体とりかえ機」(身体のパーツだけ別になる)「いれかえロープ」(心だけ別になる)みたいなので、転送を使用してあえて再構築時に元の形から別のものに組み替えてしまうのをわざとやっている道具もありますね。


さて、『ドラえもん』の場合、前述の『ザ・フライ』のような転送事故は起きることはありませんが、実は転送系道具の問題というのはこれだけではない可能性があるのです。

『アフター0』というSFマンガでこんな話があります。今回は全体を要約して紹介しましょう。途中ネタバレがあるので、それが嫌な方はここでストップしてください。

未来、瞬間転移装置「テレポーター」が開発され、世界のオフィスに普及した。しかも転送中の事故は0という安全性。しかしある会社の社長だけはどうしてもそれを利用するのを拒んでいた。それはその社長には、テレポーターを使った人間は、説明できないが「どこか前と違う気がしていた」からだ。一般的にはその時代の思考ではそういうのを「ハエ男症候群」として、精神的病気と思われていた。

しかし、そうであってもずっと乗らないと決めていた社長だったが、プロジェクトの問題が海外で生じ、社長はどうしてもテレポーターに乗らざるをえない羽目になってしまい、テレポートをするのだが……


(以下ネタバレ)

テレポートは成功し、商談はまとまった。そして「思い過ごしだった」テレポーターについての見識を改める社長……の肉体。

しかしあの世では、「何が思い過ごしだ!わしの思った通りだったじゃないか!」と、その自分の肉体の様子を見下ろす社長の魂があった。これはどういうことか、つまり、テレポートで分解された肉体が再構築したのは肉体のみで、その中に含まれる(科学的には証明できない)魂はその肉体に再構築できずにあの世に来てしまったのだ。
そして地上は魂が抜けて、脳の命令で身体を動かしている自我のない人間の世界に、そしてあの世は新しく生まれる赤ん坊に魂を乗せてもすぐにテレポーターであの世に送られてきてしまうために、第2次世界大戦の比ではない人口(魂)増加に悩まされていた。

という話です。

これは岡崎二郎氏の『アフター0』というマンガの2巻(著者再編集版のほう)、『楽園の問題』という短編です。
余談ですがこの作品でも、世界では人間を輸送する飛行機のルートがほとんど廃止されてたりします。(ジェットを使う社長が変わり者扱いされている)


ドラえもんでは妖精とか魔法みたいなファンタジーの住人及び世界はわりとしょっちゅう出てきます。(主に大長編ですが、通常編でも「○○の精霊を呼び出す機械」系やら悪魔とかは何度か出てきますね。雪の精の感動話とか)しかし、「死後の世界」というものは世界観を壊すのを防止するためか、全く出てきません。(『のび太と鉄人兵団』のリルルは解釈が微妙ですが)

ですのでこういった転送系の道具でドラえもん世界における人間の魂がどうなっているかはわからないのですが、もしこの問題に未来の人でも気づいておらずに肉体だけが動いていたとしたら……そう、道具を使ったのび太だけではなく、セワシをはじめとして未来の人は全員魂がない、物理的に脳が肉体に命令をするだけの自我のない生物でしかない……というすごい怖い話にもなりそうです。

あ、でも「タマシイムマシン」てのがあったから、魂の存在だけは証明されているみたいですし、そのへんは『ドラえもん』の未来では問題がないように処理している可能性が高いのかもしれません。


ちなみにこの『アフター0』は、比較的SFに馴染みがない人でも読みやすく、絵柄も藤子方面の柔らかいものなので、ここのところ続けていたようなドラえもん話を興味を持って読んでもらえる方なら、非常におすすめできる本です。機会があったら是非読んでみてください。